『テクノロジーが、人を揃える』 ICTを活用した障害を持つ子どもたちへの革新的な支援活動をする東京大学 先端科学技術研究センター 教授の中邑賢龍氏×実業家 福田淳の対談

中邑賢龍 × 福田淳 対談
テクノロジーが、人を揃える

スマートフォンが広く普及するなど、今や大人はもちろん、子どもたちも当たり前のようにデジタルデバイスを所有し、駆使するようになった。すでに小学生~高校生の子どもの半数以上が携帯電話を所有しているという調査データもある中、デジタルデバイスやICTを積極的に子どもの教育――特に障害を持つ子どもや、引きこもりの子どもの教育支援に活用しようという動きが広がりつつある。

ここではICTを活用した障害を持つ子どもたちへの革新的な支援など、幅広い分野で研究・活動する東京大学 先端科学技術研究センター 教授の中邑賢龍氏と、デジタルメディアに造詣の深いソニー・デジタル エンタテインメント社長の福田淳氏に対談いただき、その中からICTと人との関わり方、ICTが社会で果たすべき役割などを透かし見ていく。

撮影:越間有紀子

中邑 賢龍氏(写真左)

1956年生まれ、山口県出身。86年香川大学教育学部助教授、92年カンザス大学・ウィスコンシン大学客員研究員、96年ダンディ大学客員研究員を経て、05年4月東京大学先端科学技術研究センター特任教授、08年4月同教授に就任。人間支援工学を専門とし、ICTやすでにあるテクノロジー(アルテク)を活用した、障害者等と社会の間のバリアフリー化を研究。「DO-IT Japan」「ROCKET-異才発掘プロジェクト」「魔法のプロジェクト」等、幅広い活動に携わる。

福田 淳氏(写真右)

ソニー・デジタル エンタテインメント 社長
1965年生まれ。日本大学芸術学部卒。アニメ専門チャンネル「アニマックス」など多数のニューメディア立ち上げに関わる。(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント バイス・プレジデントを経て現職。

がんばらなくてもテクノロジーで対等になる

福田:先日、ある女子校と「もっとICTを使った教育ができないか」という話があって、女子高生にLINEスタンプをデザインしてもらう企画を実施したんです。で、その前日に、女子高生たちに何を話そうかなと考えながらテレビを見ていたら、ジョン・ウェインの西部劇をやっていたんですね。ジョン・ウェインが息子に銃の使い方を教えているシーンが流れていて、「人に銃口を向けちゃいけない」とか教えている。
それを見て思ったのが、今の日本の親はジョン・ウェインを見習うべきじゃないかと。最近スマホやLINEが、まるで銃のように危険なもののように扱われて、「学校ではスマホを取り上げてくれ」とか「21時以降は使うな」とか、親が学校や子どもに言っています。でもその一方で、大人は子どもにスマホの使い方を全然教えられず、「使っちゃダメだ」って言うだけなんです。
僕は「使っちゃダメだ」じゃなくて、むしろスマホやICTをもっと教育などでポジティブに活用すべきだと思うんですけど、そういう人って意外と少ない。そんな中で中邑先生が「障害のある子どもの大学受験などでもっとITを活用すべきだ」と仰っているのを拝見しました。先生のそうした発想はどこから生まれたのでしょうか。

中邑:僕は30年前、まだマイクロコンピューターとかボードコンピューターとかの時代に、寝たきりの人たちの残存機能を活用して何かできないか研究していたんです。施設に行くと寝たきりで「うー」と唸っている人たちがおられて。そこで師事していた教授に「この人、胃が痛いって訴えるんだけど、薬を飲ませても治らないんだ。たぶん喋れるようになったら治るから、お前喋れるようにしろ」と言われたんですよ。それで、その人たちは「うー」という声は意図的に出せるから、これをマイクで拾ってうまく処理すれば、タイプライターくらい作れるだろうと思い、その前段としてまずは野球ゲームを作ったんです。画面にボールがヒューっと流れてきて、そこで「うー」と声を出すと、その声をマイクが拾って画面上のバットを振れる。声を出すタイミングによってホームランになったりアウトになったりするというゲームです。
で、これに寝たきりの人が皆さんハマるんですよ。僕も一緒になってやったんだけど、1時間もすれば飽きてしまう。でも彼らはずっと続けているから、「これの何がそんなに面白いの?」と聞いたんです。そうしたらある人がこう言うわけです――「これを使ったら対等だ。先生も俺たちも『うー』しか言わない。だから面白いんじゃないか」と。なるほど、考えてみれば確かにそうだと思いました。
人間は生まれた時のいろいろな状況によってアンフェアなんだけど、今の社会はそういうことを全く無視して「がんばれ、がんばれ」と言う。でもがんばらなくても、テクノロジーでうまく揃えればすぐ対等に勝負できるじゃないか――というのが、この時に僕が得た発想なんです。
福祉や教育って、だいたい「がんばりなさい」とか「気持ちが大事」とか言うんですよね。でも気持ちなんか要らない。金とモノがあればいいんです。たとえば借金を抱えて自殺しようとする人がいたとしましょう。その人に「待って、話を聞いてあげるから」って言うよりも、福田さんが5,000万出して「これ貸してあげるから」って言った方が助かるに決まっています。それをみんなやらずに、気持ちだけ聞こうとする。低利で融資を受けられる方法を調べて教える方がよほど良いのに、悩みを聞くだけって、こういう社会はもうやめようじゃないかと。それで、以来テクノロジーを使った支援を30年間やっているんです。