漆紫穂子 × 福田淳 対談
大胆なネット活用で、
新しい教育をつくる【前編】
品川女子学院、通称「品女」といえば、企業とのコラボをはじめ、ICTの先端技術を取り入れた教育プログラムで知られている。「タブレット1人1台時代」に備えたデジタル教育施策の一貫として、2014年度には高校2年の全生徒に向けて、ビジネス向け「Evernote Business」を導入。予習復習はもちろん、試験勉強にもクラウドやモバイルを活用し、生徒が自主的に学習できる環境づくりに取り組んでいる。
話題の尽きない品女だが、一時は生徒数の減少により、廃校の危機に陥っていた。そんな状況を、大胆な学校改革により、わずか7年で入学希望者数を60倍に、偏差値を20ポイントまで押し上げ、再建に成功したのが、6代目校長の漆 紫穂子氏だ。
デジタルメディアの造詣が深いソニー・デジタル エンタテインメント社長の福田淳氏との対談を通じて、メディアと教育の関係から、ICT教育の可能性が子どもたちにもたらす未来について、予見していただいた。
構成: 井尾淳子 撮影:越間有紀子
漆 紫穂子氏(写真右)
中高一貫校・品川女子学院の6代目校長。
東京都品川区生まれ。都立日比谷高校、中央大学文学部卒業、早稲田大学国語国文学専攻科修了。他校の国語教師を経て品川女子学院へ。2006年より現職。1989年から取り組んだ学校改革により、メディア等の注目を集める。教育再生実行会議委員(内閣官房)ダボス会議東アジア会議にも出席。社会と学校をつなぐ「新しい役割の学校づくり」を目指す異色のリーダー。
福田 淳氏(写真左)
ソニー・デジタル エンタテインメント 社長
1965年生まれ。日本大学芸術学部卒。アニメ専門チャンネル「アニマックス」など多数のニューメディア立ち上げに関わる。(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント バイス・プレジデントを経て現職。
必ず「悪者」の運命を辿るニューメディア
福田::世界中の若者の間でLINEのようなコミュニケーションアプリが流行ってます。便利な反面、使い方の無知から「いじめ」のツールとなったりしてます。
このような事態に、うまく対応できないか漆さんと相談させてもらいました。
そして、今回LINEの使い方を生徒さんと一緒に勉強し、高校生が自分たちで作るLINEスタンプを制作しました。お陰様で面白いのが出来ました。手描きに見えるけれど、全部iPadで描いていたり。「それな」「ないな」とか、大人はあまり使わない、サウンド的な言葉を選んでいるんですよね。
漆:そう、子どもの感覚って、本当に面白いですよね。大人が使う言葉とは、本当に違う。大人だときっと、「おはようございます」「おつかれさまです」とかになりがちですけども。……ところで、このスタンプの文字にある「スタ爆」って何ですか?
福田:同じ種類のスタンプを10個くらい連続で出すことらしいです。あと、オフラインになる(=退出する)ことを「落ちます」とか。さっきの「スタ爆」含め、今回の企画で学んだことを後でいろいろ聞いたんですが、世の中じゅうの中高生はすでに知っている、という話ばかりでした。それと最近、「暇」の概念が変わったという調査を見て、驚いたんですよ。以前は「暇」と言うと、「日曜日の午後だし、テニスでもしようか」みたいな感じだったのが、今は「エレベーターで移動している間が暇」と言うんですね。「暇」の概念が、ものすごく細切れになっている。でも「移動する3秒が暇だ」という、その3秒でできることもあるわけです。
漆:うちの生徒もよく、「スキマ時間」という言い方をします。以前なら、子どもは使わない言葉ですよね。
福田:そうですね。その「スキマ時間」に、LINEのようなメディアが浸透したと思うんですよ。LINEは、それこそ本当に何かの隙間を埋めていきますよね。それがいいのか悪いのかは、分からない。ただ、僕はいつもポジティブに考えたくて。子どもたちが新しいものを面白がって使うと、大人は禁止したり、抑制しようとしたりする。LINEも何かと社会問題になりやすくて、少し前に広島で、「LINE殺人事件」(*1)なんて呼ばれた事件もありました。でもたとえば、誘拐された車がレクサスだったら、「レクサス誘拐事件」になるのかといったら、そんなことないわけですよね。
漆:事件が起こるのは、何もLINEのせいだけではないですよね。
福田:えぇ。ガラケー時代も、グリーやモバゲーがゲームかと思いきや、SNS機能が浸透して、家出少女がよく知らない男性の家に泊まったら犯罪に発展した、というような事件が頻発しました。それで、「だから子どもに携帯をもたせてはダメなんだ」となったわけですね。ニューメディアが登場するときは、必ず悪者にされる運命にあるんです。LINE殺人事件も、「LINE」が付かない殺人事件になったときに初めて、一般認知になると思うんですけども。みんなが使い方分からないと、「LINE殺人事件」になってしまう。大人がよく理解して使いこなしさえすれば、LINEもいいツールに変わると僕は思っているので、品女さんで講義をさせていただいたときも、冒頭で「ジョン・ウェイン不在の時代」という話をしました。ジョン・ウェインの西部劇の映画では、必ず息子に「人に銃口を向けちゃいけない」と、使い方やリスクを教える、という。でもそれをスマホに置き換えてみると、そもそも親が使いこなせていないから、禁止させるという現状がある。
漆:そうなんですよね。わかります。
(*1)広島LINE殺人事件
2013年6月、広島県呉市で16歳の無職少女がSNSアプリ「LINE」上での口論をきっかけに元同級生の16歳の少女を暴行、殺害し、遺体を呉市の山中に遺棄した事件。