アドバタイジングからブランディングへ

アドバタイジングからブランディングへ(後編)

構成:福田 千津子
撮影:越間 有紀子
日程:2017年9月13日

柳瀬 博一氏(写真右)

日経BP社 日経ビジネス企画編集センター・プロデューサー 柳瀬 博一(やなせ ひろいち)。日経BP社にて、『日経ビジネス』などビジネス畑の雑誌記者を経たのち、書籍編集部門の出版局勤務を経て、『日経ビジネス』『日経ビジネスオンライン』の広告コンテンツをプロデュースする現職に。編集担当した主な書籍は『小倉昌男 経営学』『社長失格』『日本美術応援団』『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』『流行人類学クロニクル』『アー・ユー・ハッピー?』『池上彰の教養のススメ』など。現在は、企業の広告やPR情報を日経ビジネス/日経ビジネスオンライン読者にカスタマイズした企画広告、イベント、セミナー、書籍などのコンテンツソリューションをプロデュース。

福田 淳氏(写真左)

ブランド コンサルタント。1965年、大阪生まれ。日本大学芸術学部卒業。衛星放送「アニマックス」「AXN」 などの立ち上げに関わったのち、 2007年にソニー・デジタルエンタテインメント創業、 初代社長に就任 (現 顧問)。 2017年、ブランドコンサルタントとして独立。NPO法人「タイガーマスク基金」の発起人をはじめ、 文化庁、経済産 業省、総務省などの委員を歴任。 2017年、新しい世界を切り開 くリーダーとして、カルティエ提供「チェンジメーカー・ オブ・ザ・イヤー2016」を受賞(日経BP)。近著に『SNSで儲けようと思ってないですよね?〜世の中を動かすSNSのバズり方』(小学館)がある。

アナログではトライブをつかまえるビジネスモデルになってくる

柳瀬:この秋できたもうひとつ、面白い本屋さんが、日本橋浜町にあります。「Hama House」は、地域おこしや場のデザインを手がけているgood morningsという会社のプロデュース。こちらの代表が水代優さん。数千冊に絞り込んだ本屋さんとスムージーのおいしいカフェ、上層階にレンタルオフィス、屋上でもご飯が食べられる。水代さんは、天才空間屋さんで、御茶ノ水のソラシティの図書室スペースを手掛けたり、あるいは福田さんも大好きな一色海岸のおしゃれな海の家のプロデュースをしたりだとか、

福田:UMUGOYA(ウミゴヤ)ですか! 凄い、興奮しますね。

柳瀬:オープニングに行ったんですけど、3階までガラス張りで吹き抜けになってるんですよ。すごく開放感があって入りやすい。だから、地元のおじいちゃんから、子連れから、いろんなお客さんが来ている。同じサイズの本屋さんを単体で出しても、なかなかこうはいかないでしょう。
 本も、本屋さんも、「コンテンツ」としては最高。でも、「コンテンツ」だけでは、お客さんは集まらない。じゃあ、どうするか? 本屋さんの再発明が必要だ。すでにこの再発明を行った本屋さんは、たとえば、京都の恵文社一乗寺店。下北沢のB&B。池袋の天狼院書店。この天狼院書店の経営が面白い。店主の三浦崇典さんは、もともと大手書店の腕っこきお店員だったんですが、独立して池袋の南口という、書店業界でも激戦区中の激戦区に天狼院書店を出しました。なにせ駅前にジュンク堂書店と三省堂の巨大店舗がある。
 天狼院書店はジュンクや三省堂よりはるか駅から遠い路地の、しかも蕎麦屋の2階にある。立地条件は最悪に思えます。ところが、このお店が大ヒットした。本という専門的なコンテンツが集積する書店の特性を生かし、お客さん向けの部活プロジェクトを立ち上げたんですね。小説部だったり写真部だったり演劇部だったり。毎週末のようにイベントを行い、客単価をあげて、常連客を増やしていった。これが大成功し、天狼院書店は現在、池袋以外に、福岡、京都に展開し、写真スタジオを池袋西口に出し、おなじ池袋東口のヤマダ電機の裏手のWACCAというビルの2階にもお店を出しました。本というコンテンツを核にいくつものコミュニティをつくる。まるでフェイスブックのコミュニティみたいに。

福田:だから、やっぱりトライブ(族)ですよね。

柳瀬:トライブ、族なんです。でも、やっていることは全部ノスタルジックじゃなくて、極めてクール。むしろビジネスモデルをつくっているんですね。
結局、これはAmazonに対するオルタナなんですよね。Amazonでは絶対にできないことじゃないですか。Amazonが悪いんじゃなくて、Amazon的なもの、すなわちメディアメッセージ的なプラットフォーム型のものがどんどん広がった結果、われわれはトライブに戻っている。アナログではトライブをどんどんつかまえるビジネスモデルになってくる。多分、広告的なるものも全部そうなるだろうなと。

福田:2008年でしたかね、『ユー・ガット・メール』っていう映画で、メグ・ライアンはお母さんが築いた、絵本ばっかりの本屋をやってて、トム・ハンクスは何かのブックチェーンの三代目で、結局、御曹司が勝つって。あれはくしくも、AOLがワーナーを買収する前のワーナー・ブラザースの映画だったんですけども、まだスマホがなかったから、『ユー・ガット・メール』はPCで届いて、『君の名は』みたいに、なかなか本人と気が付かなくて。

柳瀬:会えなくて。

福田:っていう話だったわけなんですけど、今、インターネット的なるものについて考えると、メグ・ライアンの、ネットにない、チェーン展開していない、ブロックバスターにない本屋のほうに価値がついたかもしれない。歴史の皮肉かなと。

柳瀬:今ではAOLのメールなんか誰も使ってないっていうのが極めて象徴的ですよね。

エクササイズする場所をつくらなきゃいけない

福田:デジタルは残るって、最初は百年プリントみたいなイメージ持っていましたが、昔のVAIOを開くと、プリインストールのアイコンって、CDNOW含めて、何一つ会社として存在してません。

柳瀬:つながらないですよね。サイトもネットスケープだったりしますね。

福田:だから、デジタルほど未来永劫続かないものはなくて。

柳瀬:結局、記憶媒体そのものがどんどん変わっていくから、もうMDとか使えないじゃないですか。

福田:この間、マーケッターの橘川幸夫さんが神保町の古本屋に行ったら、1907年の金持ちが船で世界一周しましたって本を見つけたらしいのです。それが43刷とかで置いてあったりするんですって。名前も知らない著者ですけど、当時は海外旅行の映像もなければ、行った人もいないので、多分庶民は「海外ってこんな感じなのね」って読んだと思うんですね。その当時の本が現代の神保町で手に入るっていうアナログの強さ。
町の看板(交通広告)がどこも「クライアント募集中」ってどんどんって空洞化していて、「ネットの勝利だ!」と酔いしれているように見えるけども、実はアナログの世界では新しいビジネスモデルが芽を出していて、デジタルを最大限活用した「コミュニティ」づくりのムーブメントが起きているのかもしれません。
 やっぱり、エクササイズする場所をつくらなきゃいけない。僕、昨年8月に、阿佐ヶ谷にVRアートギャラリーつくったんですが、「VR=プレステゲーム」だから、VRはゲームの世界なんだと思っている人が多い。でも、ライフスタイルなんです。人の体験を体験できるものだとわかってもらうために、アートという切り口をつくって、クライアントの社長さんたちに見に来てもらったら、みんなびっくりした後に、自社のビジネスとの相関関係を考えるんですよ。花屋さんだったら、どうやって花を体験化させるか。お酒売っていたら、どうやってお酒って飲むことを体験化させるか。ブランド理念をどう考えて、自社の商品をどう社会とつなげるかについて、改めて考えるきっかけになる。それは、僕らが企業を訪ねて話をしたり、パワーポイントを持っていったりするよりも、はるかにリアルな場所が人に物を考えさせるのです。
「あんなギャラリーつくって、コスト的にどうなの?」って、人は言うんですけど、直接的には無料開放して自腹でコンテンツ作ってますから、利益はないんですけど、これをみて企画して実現した収入考えたら、それ以上のリターンがありました。

ARはiPhone8(iOK11)に搭載されたことによって、ヘッドセットの要らない新しいMRの世界をつくるでしょうね。新しいARコマースなんていうのも出てくると思います。結局、ネットが失った身体性を、リアルな店舗で取り戻すのも一つの手だし、ネットの新しい機能を使って、それに近い疑似体験をさせるアプリを活用する手もあるかもしれない。単にテレビの代わりという可能性だけじゃないんですよね。そこに気付く2017年であってほしいんです、IT企業業界の人には。

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