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働き方改革の肝は「逆算」

デザイン経営時代のブランディング 「教えるセンス」を身につける

福田:そうですよね、コツがわかって能力さえあれば。

三谷:えぇ。それができると思ったし、「そこまでこれたんだな」と。10年近くBCGでやって、自分は経営戦略コンサルティングが得意だと思った。コンサルティング会社に入る若者たちは、新卒も中途もはみな「青い鳥症候群」です。自分の好きな分野や会社を探しています。同期でも「消費財マーケティングだ」とすぐ見極めて辞めた女性もいたし、「自分はサプライチェーンだ」と3PLの会社を作った奴もいる。中には弁護士や起業した者も。でも私は結局、「こうやっていろんなプロジェクトを回り続けることが自分には合っている」と、それが「自分の青い鳥だった」とわかったんです。でも次に「じゃあいつまで続けるんだろう」と考えたとき40歳だと思いました。経営戦略コンサルティングなんて60歳まで現場でやれる仕事じゃない、でもそうするともう一つ何かやることになる、やるなら創造的にやりたい、自分の創造性の限界は何歳か、と考えたわけです。私にとってはそれが40歳だと思いました。一端ゼロに戻る訳じゃないですか。新しい領域に入るって。

福田:21歳前後で社会になるのがスタートだとすると、40歳くらいでそれまでのキャリアが一度ゼロになる、と。

三谷:ええ。それに耐えて、また新しいものを作っていくのは、私にとっては50歳じゃ無理だなと思えて、「じゃあ40で辞めよう」と30歳のときに決めました。で、BCGから10年近くたって、アクセンチュアでも戦略グループの統括になり、私としてはこれで一区切りついたなと。

福田:僕もよく言われるんですけど、転機がきたときに行動に出る、というのは当たり前のようにみえて、実は難しいことですよね。一般的には皆さん、60歳定年までずっと同じ会社に勤める訳じゃないですか。嘱託だと62歳まで。僕とは違う感覚ですが、それが普通だといわれたら、まぁそうなのかなって思う。そして不思議なのは、ずっと同じ会社に勤める方は、あまり人生設計の逆算をしないなと。逆算と自分の好きなこと、得意なことをつねにアップデートする習慣さえあれば、転機がきたときも、清水の舞台から飛び降りるような覚悟を持たずして、行動できると思うんですよね。三谷さんのように、20年のコンサルティング業の体験で、ご自身の「生きる術」をマスターしたように。

三谷:実家が八百屋だったし、そこでしっかり「働いて」いたので、何があっても生きてはいける、という自信もありましたねえ(笑)

福田:そういうお考えについては、当初から奥様も受け入れられて?

三谷:そうですね。私はコンサルタント時代を通じて、家に帰るのはとても早かったんです。6時頃にはオフィスを出て、一端家に帰っちゃうんです。早く帰って妻や子どもと話をして。でも家族は皆早寝だから、夜からまた仕事をする、というライフスタイルがとてもラクでした。おかげで家族とのコミュニケーションは密だったこともあって、コンサルタントを辞めた後は、フラフラついでに「(子どもの学校の)PTA会長をやるか」となりました(笑)

(後篇へ続く)

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