読書でしか、得られない価値(後編)
構成:井尾 淳子
撮影:越間 有紀子
日程:2019年7月25日
幅 允孝(はば よしたか)(写真右)
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。2020年3月開館予定の安藤忠雄建築「こども本の森 中之島」ではクリエイティヴ・ディレクションを担当。本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手掛け、JFLのサッカーチーム「奈良クラブ」のクリエイティブディレクターを務めている。早稲田大学文化構想学部、愛知県立芸術大学デザイン学部非常勤講師。
Instagram: @yoshitaka_haba
福田 淳(写真左)
ブランド コンサルタント。1965年、大阪生まれ。日本大学芸術学部卒業。 ソニー・デジタルエンタテインメント創業者。 横浜美術大学 客員教授、金沢工業大学院 客員教授。
ブランディング業務以外にも、女優のんのエージェント、北京を拠点としたキャスティング業務をはじめ、国際イベントの誘致、企業向け"AIサロン'を主宰、ロサンゼルスでアートギャラリー運営、森林破壊を防ぐNPOなど、活動は多岐にわたっている。
1998年、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント社 バイスプレジデントとして、衛星放送「アニマックス」「AXN」 などの立ち上げに関わる。 NPO法人「タイガーマスク基金」の発起人をはじめ、 文化庁、経済産 業省、総務省などの委員を歴任。 2017年、カルティエ提供「チェンジメーカー・ オブ・ザ・イヤー2016」を受賞(日経BP)。近著に『SNSで儲けようと思ってないですよね?世の中を動かすSNSのバズり方』(小学館)がある。
http://spdy.jp
読書は人の感情を「相対化」すること
福田:新潮社の、夏休みの時期になると出る「新潮100選」ってあるじゃないですか。僕、あれはやっぱり素晴らしいと思うんですよ。小~中学生くらいの時も「新潮100選」の中にあったカフカの『変身』を読んだだけで、驚きましたし。
幅:あれは相当、驚きますよね。
福田:カフカのあのラスト! いなくなった本人以外が電車に乗って、日曜日にショッピングに行く…みたいな終わり方。「…え!? この終わり方!?」って衝撃を受けましたもの。
幅:最高ですよ。あれはびっくりしましたよね。やっぱり、文学とか物語って、本が毒と言うか…。良いことだけを書いているわけでは決してなくて、驚きだったり裏切りだったり、「よからぬこと」みたいなことのほうが実は多かったりもするけれど、何がいいって、相対化できることですよね。読書とは何かと言うと、人の感情に自分を寄り添わせながら読んでく行為じゃないですか。そして実際、自分の身に何かが起こった時、「こういう感情の、こんな人がいたな」っていう、そういう引き出しが開くのか開かないのかによって何かが変わる気がするんですよね。イライラして人を刺しちゃったみたいな…モヤモヤした灰色の、何とも言えない気持ちって人は誰しも抱くんじゃないかと思うんですけれど。 例えば梶井基次郎の『檸檬』は、当時は死に至る病だった結核にかかった人が、悶々としながらレモンを爆弾に見立てて…。確か京都の丸善だったと思うんですけど、好きな画集の上にレモンをパッと置いて立ち去るっていうだけの話。でもそういうことによって、自分の中で、何かモヤっとした渦巻く感情に折り合いをつけていた人がいたんだよなぁ…っていうことを知っているか知らないか。相対化できるいろんな人の感情、引き出しが、その人の中にどのくらいあるのかって、やっぱりすごく大きいことだなと。
福田:大きいですね。僕、三島由紀夫も大好きで。小説ももちろん面白いですけどね、エッセイがすごい面白かったので、高校生くらいの時、どんどんどんどんハマっていくわけですよ。「俺の小説は難しい漢字をいっぱい書いているけど、漢和辞典で調べて読むっていうことが大事なんだ」って書かれていて。だから漢和辞典がホントに欠かせなくて、難しい字が出るのを楽しみにしながら読んでいました。
幅:あはは(笑)。漢和辞典で思い出しましたけど、僕も調べるのが面白くて、それで漢文学者の白川静に出会いました。漢字研究の『字通』『字訓』『字統』(すべて平凡社)ですね。あの3部作は、調べると「こんなに読んで面白い辞書があるんだ!」と。「白」っていう漢字は、「骸骨」からだったんだ!みたいな。もう出来上がったとされている漢字研究の、さらに深層としてもっと奥から掘り起こしてくれたという…。
福田:すごいなぁ。
幅:しかも60歳になるまでひたすら写し続けるだけで何の発表もしなくて。60歳に岩波新書から『漢字-生い立ちとその背景』(岩波新書) を出したのが、白川漢字学のスタートです。もちろん賛否両論はありますけれど、あれで自分の中で漢字の背景を作り上げる面白さを知ったといいますか。僕、今でも覚えているのは、「道」っていう漢字の背景ですね。いろんな部族同士の争いがある中で、そこにお互いの間を通す、いわゆる「道」を作ろうと思ったら、邪霊を祓い清めて進むために首を1個持って行かなきゃいけない、と。だから「道」という字には「首」があるっていうのを読んで、なんて面白い字なんだ、と感心しました。
福田:なるほど~。面白いですね~。