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ジョージが「世捨て人」になるまで

沖縄離島「世捨て人」として生きた"じょうぐちはるお"の人生哲学。   Talked.jp

ジョージは1945年、沖縄県の宮城島に生まれた。父はアメリカのネイティブアメリカンで、米軍の大工だったという。母は地元の沖縄県宮城島の人だ。生まれてすぐに両親は離婚し、母子家庭で育った。当時は終戦直後であり、ハーフとして生まれたジョージは、周囲からいじめに遭う。目が青かったことで、「ヤギ」と言われたこともある。
そんな中、母親は再婚したアメリカ人の夫と蒸発してしまう。わずか5歳で行き場を失ったジョージは、親戚の叔父の元に預けられることになる。しかし、この叔父が曲者で、ジョージの人生は180度変えられてしまうことになるのだ。

預かった甥に対して、叔父が温かい愛情をもつことはなかった。10年間、学校にも行かせてもらえず、畑などで働かされる中、「なぜ自分だけがこんな目に遭うのだろう」と思いながら、子ども時代を過ごした。そんなある時、15歳のジョージに、再び試練が訪れることになる。
叔父が突然、「お前のここでの生活は今日までだ。明日から、アメリカ軍の兵隊の養子になるんだ」と言う。しかし、これは叔父の悪知恵、策略だった。沖縄に住むアメリカ人兵士が、自分の息子の身代りとして、ベトナム戦争に行く養子を探していたのが本当だった。叔父はカネ目当てで、ジョージを米軍兵に売った。頭がパニックになりながらも、そしてジョージは日本国籍にも関わらず、ベトナム戦争に行かされてしまう。
21歳の時、戦争から帰ったジョージは、沖縄県宮城島の叔父の家に戻る。しかし、ある日アメリカの弁護士からの電話で、再び叔父のひどい裏切りを知ることになる。かつて蒸発した母親が亡くなったという知らせとともに聞かされたのは、じつは母は、ジョージにずっと学費の送金をしていたという事実。叔父は、母からのお金はもとより、手紙も写真も渡してはいなかった。

叔父が自分のお金を使い込んでいたことを知ったジョージは、人間不信に陥る。「もう、自分ひとりだけで生きていこう」と決意した。その後、マグロ漁船の船員になり、朝から晩まで働き続けた結果、大金を手にすることになる。周囲からチヤホヤされ、酒場で豪遊する日々を送ったジョージだが、いつしか「自分は、お金のことしか考えていないじゃないか」ということに気づいた。
人間というのは、こんなものなのか。お金に縛られる生き物なのか。自分も、あの大嫌いな叔父と同じように、お金に囚われているじゃないかと思ったジョージ。「人間として生きるには、どうすればいいのか」「本当に大切なものは、一体何なのか」。その哲学的な問いに対する答えを見つけるために、ジョージは29歳の時、そこから生涯を過ごすことになる、沖縄の陸の孤島にたどり着いた。

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