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現代人は、人とつながりすぎる

沖縄離島「世捨て人」として生きた"じょうぐちはるお"の人生哲学。

「ノーリーは、彼の生き方に関心を持ったんだよね。同じように思うことが多かった?」と聞いてみた。
「なんとなく、彼とはもう、“同じ穴の狢(むじな)”じゃないですけど…。お互い、そんなふうに感じていたと思います。なんか共通点を俺に感じてくれたみたいで」 なぜならジョージは、ノーリーにこんなふうに言ったそうだ。
「オレたちみたいなアウトローは、人のことを信用していないんだよ。だから目の前にいる人と、その時を過ごせればそれだけでいい。その人が目の前にいなくなったら、その人の事を考えることもないし、その人のことで何かを考えたり、嫉妬したり、悩んだりすることもない。ただ目の前にいる時を、一緒に楽しく過ごせる人たちとだけ、一緒にいるんだ」

ジョージのこの言葉を聞くと、改めて現代人は、人同士のつながりをより強く求めすぎる傾向にあると思う。SNSの浸透によって、「つながりたい」というよりは、むしろ「つながっていなきゃいけない」という強迫観念に近いものになっているのではないだろうか。
みんな「いろんな生き方があっていいんだよ」と口では言うけれど、「人とは違う生き方」を本当に実践できている人は少ない。とくに働く人口のうちの7割がサラリーマンというこの国では、リストラされたり、何かに失敗したりすると、社会からはじかれてしまう、というようなムードがある。だから孤独になることとか、「人と違っても平気だよ」というようなメッセージを発信する人は少ない。
「みんなと同じであれ」という多くの「普通の人」は、ローンで家を買ったり、子供を育てるために教育費を稼いだり、老後の蓄えに備えて今をがまんする、というような発想ばかりだ。他人に対しても、「普通の幸せはこうだ」という形態を当てはめようとする。

都会の尺度でいうと、お金があるとか、コンスタントリーに仕事があるとか、そういうことで価値観を図られることが多い。沖縄のような南の島にいると馬鹿馬鹿しく思えてくるのだが、生きていく上で何かの連続性がないと、人は許してくれない。そして人はどんどん閉鎖的になって、自分とは違う多様なものとか、他人を認めなくなる。それはもう、ネットの世界でも明らかなことだ。だからこそ、ジョージという人の生き方を知った人が少しでも、「自分は、人と違っていたっていい」と思えるきっかけになればいいなと思う。

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