暗号貨幣から「経済の多層化」社会へ
(後編)
編集・構成:井尾淳子
撮影:越間 有紀子
日程:2022年1月20日
中村 宇利(写真/左)
1964年三重県生まれ。(一社)情報セキュリティ研究所代表理事、(株)エヌティーアイ代表取締役兼グループ代表、(株)中村組代表取締役を務める。慶應義塾大学大学院理工学研究科機械工学専攻、及びマサチューセッツ工科大学大学院海洋工学科、機械工学科、土木環境工学科にて各工学系学位を取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパンを経て、マサチューセッツ工科大学客員研究員に就任し、コンピュータ・アーキテクチャー、及び情報セキュリティを研究。非ノイマン型論理回路であるコグニティブプロセッサーの開発に成功。その後暗号技術を完成させ、その応用技術として、エンド・トゥ・エンド・プロテクション通信システム及び暗号貨幣(クリプトキャッシュ)を開発した。
福田 淳(写真/右)
スピーディ・グループ C E O
金沢工業大学大学院 客員教授 / 横浜美術大学 客員教授
ソニー・デジタルエンタテインメント社 創業社長
1965年 日本生まれ / 日本大学芸術学部卒
企業のブランドコンサルタント、女優”のん”をはじめ俳優・ミュージシャンなどのタレントエージェント、ロサンゼルスのアート・ギャラリーSpeedy Gallery運営、エストニアでのブロックチェーンをベースとしたNFTアート販売、日本最大のeコミック制作、日本語、英語圏での出版事業を主なビジネスとしている。
その他、スタートアップ投資、沖縄リゾート開発、米国での不動産事業、企業向け“AIサロン‘を主宰、ハイテク農業、ゲノム編集による新しい食物開発など"文明の進化を楽しむ"をテーマに活動している。
カルティエ「チェンジメーカー・オブ・ザ・イヤー」、ワーナー・ブラザース「BEST MARKETER OF THE YEAR」など受賞。著書、講演多数。
公式サイト:
http://AtsushiFukuda.com
完全暗号貨幣が描く世界①
福田:読者の皆さん、ここまでちゃんとついてきていますか?(笑) そして今日の大テーマである暗号貨幣(*以下クリプトキャッシュ)は、ご説明いただいた経緯の中から生まれた、ということですね。
中村:そうですね。ではちょっと話を戻して申し上げると、1983年前後にデイビッド・チャーム博士が、暗号技術を使って通貨をつくるクリプトキャッシュという技術で、デジタルのキャッシュを作ることができるのではないかと考え始めたんです。クリプトキャッシュは20世紀半ばからずっと研究されていました。その内容はどういうことかと言うと、もうじき1万円札は福沢諭吉先生が引退して渋沢栄一先生に変わることになっていますが、そんな面倒くさいことをしてまで、なぜ変えなければいけないのでしょう、というところにあります。
福田:単純に、偽札が増えてくると変える、ということですか?
中村:と、いうことでしょうね。偽札対策ですよね。偽造問題を解決するためにお札を変えて、印刷技術をもっと新しくしたり、ホログラムを入れたりいろいろなことをやるわけですけど、それでも結局抜本的解決にはなっていませんよね。 じゃあどうしたらいいのかというときに、ある一部の先生たちが考えたのが、例えば日本銀行が発行するのであれば、日本銀行の暗号鍵で、お金の情報……つまり「いくらの価値があるのか」とか、「いつ発行したのか」とか、「誰が発行したのか」という情報を暗号化したものを紙の上にそのままプリントすればいいでしょう、ということ。そういう紙幣を作ったら、おそらくそれは日銀でなければ同じものは作れないし、日銀が開けてみれば中身が分かる。というので、偽造・不正使用ができないものを考えたんです。これがクリプトキャッシュの始まりですね。日本において最初にクリプトキャッシュを目指したものは、テレホンカードです。
福田:テレホンカード。偽造しやすいといわれていましたね。
中村:クリプトキャッシュは1回使えばもう使い捨てですから、本来であればテレホンカードも穴がいっぱい開いていて、0になると使えないはずなのに、穴を埋めてみたらまた使えたという話がありました。要は、ああいうカードでもいいし紙幣でもいいから、暗号化された情報を入れておけば、それを持ってクリプトキャッシュが作れることになっていたんですよ。ただ、デイビッド・チャーム博士というのはすごい人で、「重要なのはこの暗号化された情報だけであって、プラスチック部分や紙は要らないじゃないか」として、世界初のデジタルキャッシュを作るわけです。彼の理論はもう少し凝っているので、厳密にいうとこのようなシンプルなものではないんですけど。ただ残念ながら、そこで使われていた暗号が脆弱だったので消えていった……ということになります。 そこで先程お話させていただいたクロード・シャノン博士が門戸を開いたのが完全暗号の世界です。これを「情報理論的安全性」に基づく暗号といいますが、この暗号を使えば、偽造・不正使用ができないものが作れるわけです。なので、まずはクロード・シャノン博士の暗号を完成させ、そして完成した技術を、今度はデイビッド・チャーム先博士の理論に当てはめることで、私はクリプトキャッシュを開発しました。ですから、人様の研究を少し改良しただけなんです。
福田:歴史認識に基づいて組み合わせた結果、完全暗号貨幣を開発されたのが中村さんだったということですから、画期的なことですよ。暗号貨幣が出たことによって、国家主体の法定通貨だけではなく、「お金に多様性があっていい」という感覚が人々に芽生えたのは大きかったと思うんです。
中村:この暗号貨幣を含む暗号通貨が切り開いた世界は、まさにそこなんですよね。仮想通貨も台帳を使うとはいえ、暗号技術を少し使っているので暗号通貨のバーチャル版といえますが、「国家ではなくても、もしかしたらお金みたいなものを発行できるんじゃないか」と思わせたし、「ビットコインのコインってどこにも存在しないけれど、もしあったら便利かもしれないね」と思わせたのは、ものすごい貢献ですよね。この部分は非常に素晴らしいと思っています。
福田:そのベースがあって、完全暗号貨幣という匿名性、流通性が高いマネーが社会を変えていくのでしょうね。僕はご著書の最終章に、これからのいろいろな使いみち事例が書いてあって興奮しました。働き方改革もできれば、資料情報のクラウド化もできるし、資産の債権化もできるし、社会的使命を果たすことができる。Peer to Peer(P2P)の社会がひたすら豊かになっていくんじゃないかな、と。
中村:それができるようになるという意味で言いますと、まず法定通貨がデジタル化するのでしょうね。で、どこかの国が作り始めると、当然他の国も作らなきゃいけなくなります。中国がすでに「作った」と言っていますよね。
福田:デジタル人民元ですね。
中村:はい。ただ、デジタル人民元は、一説によるとブロックチェーン系のものだということになっているようですね。「中国らしいな」と思います。もし台帳がいっぱいあって、その台帳が全部同じものであるということが本当ならば、1個の台帳だけじっと見ていれば全ての人民がどんなお金の使い方をしたのか分かってしまいます。だから、まさに監視にはぴったりですよね。監視用のソフトとしては、こんなにいいものはないということで、中国は飛びついたのかなという気はします。
福田:たしかに今、中国の富裕層が現金を集めるのに必死だと聞きます。