『大胆なネット活用で、新しい教育をつくる』 中高一貫校・品川女子学院の6代目校長の漆紫穂子氏×実業家 福田淳の対談【後編】

漆紫穂子 × 福田淳 対談
大胆なネット活用で、
新しい教育をつくる【後編】

構成: 井尾淳子 撮影:越間有紀子

漆 紫穂子氏(写真右)

中高一貫校・品川女子学院の6代目校長。
東京都品川区生まれ。都立日比谷高校、中央大学文学部卒業、早稲田大学国語国文学専攻科修了。他校の国語教師を経て品川女子学院へ。2006年より現職。1989年から取り組んだ学校改革により、メディア等の注目を集める。*教育再生実行会議委員(内閣官房)、ダボス会議東アジア会議にも出席。社会と学校をつなぐ「新しい役割の学校づくり」を目指す異色のリーダー。

福田 淳氏(写真左)

ソニー・デジタル エンタテインメント 社長
1965年生まれ。日本大学芸術学部卒。アニメ専門チャンネル「アニマックス」など多数のニューメディア立ち上げに関わる。(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント バイス・プレジデントを経て現職。

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大胆なネット活用で、新しい教育をつくる【前編】

教員に求められるのは、「委ねる」「整えない」という力

福田:品女というと「28プロジェクト」(*1)も知られていますが。卒業する18歳ではなくて、10年後の28歳を見据えた教育の理念は、平たく言うと、「社会を知ることが学校にいる目的だよ」ということでしょうか。

漆:そうですね、おっしゃる通りだと思います。

福田:その理念は、どういう発想からきたのでしょうか。やっぱり今の教育は、「卒業するまで」という線引きが強いのでしょうか。

漆:日本の教育改革はまさにこれから始まるのですが、今までは18歳の時点で、「少しでも偏差値の高い大学に入る」ということが目標になりがちだったと思うんですね。たとえば、本校の教員が生徒にしていた話ですけれど、自分は土木科と建築科の両方を受験したと。合格した大学で偏差値の高かった土木科に進んだら、最初の授業で先生に、「君たちの中に土木と建築が同じと思っている人がいるかと思うけども、それは全然違うからね」と言われたそうです。ですから、偏差値だけで進路を選ぶと、本人のやりたいことと違がってしまうリスクがあるんですよね。

福田:僕は日本大学芸術部学部に進学したんですが、一般教養の授業よりも「油絵はこうやって描く」とか「演技の歴史はこうです」など専門性の高い授業が人気でした。ニッチな興味を深堀りすることで、やりたいことを喚起させられましたね。

漆:そうなんですよ。最近の世界的な潮流として、「非認知能力」という、数字にならない能力が注目されています。ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンが教育の投資効果を計るた教育実験をデトロイトで行っていますそれは、今50歳代の人が5歳ぐらいのとき行われたもので、、貧困層の家庭の子どもに、自己肯定感があがるような勉強をさせる家庭教師が2年ぐらい付く、というものです。。結果どうなったかというと、ある程度の年齢になると、被験者グループと、同様の家庭環境でこの教育を受けていないグループとではある年齢になるとIQは、ほとんど変わらなくなるのに、成人後の持ち家率や学歴、給与、また、刑務所の収監率や生活保護率などに大きな違いが見らるたそうです。この結果は、幼児教育の投資効果を示すと同時に、IQなどの数字ではなくて、自己肯定感の高さや、自分で決めたことを責任持って遂行できるといった非認知能力が、将来の教育投資の回収につながるということを示しています。

福田:面白いですね。先日、東京大学先端科学技術研究センターの教授 中邑賢龍さんと話してて、引きこもりになった子どもが「学校のレベルが低くて面白くない」「自分はすぐに分かっちゃう。でもそれを言うと、お前生意気だって言われるから、学校には行けない」というのに対して、もっと多様性のあるプログラムを作ろうという取組みをされていました。品女さんもそうですが、iPadとか、ICTを活用した上で、さらにその先の思考ができるような教育プログラムを組もうということですね。たとえばティーパックの中身を開かせて、「なぜポットがあるのに、葉っぱをその袋に入れると思う?」とディスカッションしたり、じゃあ、実際に葉っぱを作っているところに行ってみよう、となったり。いろんなことが多様に絡み合って、この社会は成り立っているんだよ、という教育プログラムをやってらっしゃるんですね。

漆:面白いですね。

福田:「そういう発想はどこから出るのですか?」と聞くと、生徒が集まると、とにかく30分は必ず雑談をさせるそうです。雑談の中に、面白いことが絶対にあるから、と。漆さんの、先ほどのサンリオとの企業コラボのお話にもつながるのですが、中邑教授は生徒の思いつきを拾い上げて、決して止めさせなかったという判断がありました。普通は「やるな」っていうほうが多いじゃないですか。あくまでも印象ですが、教育の世界では仕組み化することが常識に思えるし、その中であえて「整えない」という、先端企業のプログラムを教育に組み込んでおられるのは、普通の感覚ではなかなか出来ないと思う。うまく言えないんですが、「整えないことを良しとする」というのは、なかなかな真似できない凄いことです。

漆:そそうですね。長くつないでいくためには、ある程度仕組み化していくことも必要なんですが、「常に整えない」というのも、非常に大事ではないかと思います。それが出来るか出来ないかは、信頼のあるなしだと思うんですよ。「任せておいたら、何か出てくるんじゃないか」というところを子どもたちに委ねることができるかできないか。それがまさに、これからの教員に求められる力かなと思っています。これまでのような、知識を一斉に伝えて、導く、というスタイルとは逆の力ですね。そうじゃないと、これからどんどん変わる、混沌とした世界に出て行く子どもたちに、それに対応する力をつけてあげられないと思うんですよ。だから、子どもたちに委ねる中で、もっているものを引き出すというか。子どもたちの中から生まれてくるものに対して、道をあえて整えないということが、すごく大事だなと思いますね。

(*1)28プロジェクト
品川女子学院の学校改革プロジェクトのひとつで、生徒が28歳になったときに社会で活躍する姿をイメージした教育プログラム。生徒たちは通常の進学指導とともに、企業とのコラボレーションによる新商品開発や起業体験に取り組む。