脳を知れば、未来は変わる(後編)
構成:井尾 淳子
撮影:山本 ヤスノリ
日程:2019年3月6日
黒川 伊保子(写真右)
人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。株式会社感性リサーチ代表取締役。1959年、長野県生まれ。奈良女子大学理学部物理学科卒業。(株)富士通ソーシアルサイエンスラボラトリにて、14年に亘り人工知能(AI)の研究開発に従事し、脳とことばの研究を始める。1991年には、全国の原子力発電所で稼働した女性司書AI=ビジネスタームとしては”世界初"と言われた日本語対話型システムを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。近著に『女の機嫌の直し方』(インターナショナル新書)『妻のトリセツ』(講談社+α新書)、『共感障害 ~ “話が通じない”の正体』(新潮社)など多数。http://ihoko.com
福田 淳(写真左)
ブランド コンサルタント。1965年、大阪生まれ。日本大学芸術学部卒業。 ソニー・デジタルエンタテインメント創業者。 横浜美術大学 客員教授、金沢工業大学院 客員教授。 1998年、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント社 バイスプレジデントとして、衛星放送「アニマックス」「AXN」 などの立ち上げに関わる。 NPO法人「タイガーマスク基金」の発起人をはじめ、 文化庁、経済産 業省、総務省などの委員を歴任。 2017年、カルティエ提供「チェンジメーカー・ オブ・ザ・イヤー2016」を受賞(日経BP)。近著に『SNSで儲けようと思ってないですよね?世の中を動かすSNSのバズり方』(小学館)がある。
失敗することでしか、センスは上がらない
福田:「鈍感力」なんて言葉も話題になりましたけど、一定の年齢になったときは、ミラー・ニューロンというフレームは多く持ちすぎないほうがいいわけなんですね。
黒川:そうです。私たちの脳の中には、天文学的な数の回路が入っているので。それに漫然と信号が流れてしまうと、じつは何も判断できないですね。
「眼の前を通り過ぎる黒い影が猫だ」と分かるためには、「猫だ」と分かる回路にだけ電気信号が流れる必要があります。これが、馬が分かる回路もネズミが分かる回路も同時に発火すると、今通った動物が何やら分からず、怯えるしかない。でも、赤ちゃんのときはみんなそういう状態なんですよ。区別ができない状態を、さまざまな経験を重ねる中で、不要な回路がなくなるごとに、ムダな電気信号は流れなくなる。つまり、必要な回路だけが残るんですね。
実は「勘」とか「つかみ」とか「センス」の回路はこうやって残すしかないんです。センスの回路って、センスを学んで上書きして作る回路のように見えて、じつは不要な回路を消して、最後に残るもの。それがセンスなんです。
福田:じゃあ、「センスを上げるようなプログラムをしましょう」とか「お前、センス悪いな。オレが教えてやるよ」なんていうのは言葉の矛盾であって、そんなことは実際の脳の現象としては存在しない、と。
黒川:厳密にいうと、いくつかセンスの回路が中途半端に残っている人に対して、「君の回路の中のここは正しいよ。でもここは違うかもね」って教えてあげるセンス教育はあります。でも、さきほどのミラー・ニューロン過活性型のような電気信号があちこちに流れている人に対して、「センスを上げるための感性教育が重要だ」とか言って、海で流木を見てひと言、みたいなのはナンセンスですね。センスが良くなるためには、失敗して泣くしかない。失敗することでしか、脳内の回路は消せないですから。つまり、失敗をして痛い思いをした人だけが、センスが上がっていくんですよ。
福田:「自分探しの旅に出る」っていうのも、「自分がないままに、自分のいないところに旅に出る」っていうことですよね。それってよく考えれば、自分が探せるわけもないんですけど。あれ、何でみんな言うんでしょうね。
黒川:そう、「自分探し」って言葉、初めて聞いたのは2000年ごろでしたけれど、脳科学的に、意味が分からなかった。私のほうが福田さんよりも5歳ぐらい上ですけども、私たちの世代からすると、2000年を超えたあたりの「自分探し」っていう言葉は、何かを探しに行ったら自分がいて、自分が出来上がるっていうことですよね?
福田:ですよね。行ったって、そこには何もないのに。
黒川:あるわけじゃないんですよ。「自分探し」を正しく言うとするならば、「自分の好奇心とともに旅に出たら、痛い思いをして、失敗をして、最後に自分の個性とセンスが残る」ってことです(笑)