対談 漆紫穂子 × 福田淳

リスクは先延ばししない

福田:LINE自体がまるで犯罪の片棒を担いでいるようなイメージで見られがちなので、もっとポジティブな使い方ができなかと悩んでいたところ、今回の品女さんとのプロジェクトで、「女子高性がLINEスタンプを考案したらどうなる?」という企画を実現させていただきました。どうしてこの企画をお許しいただいたのか、まずお聞きしていいですか。

漆:はじめは、「面白そう」と思いまして。それに、悪い評判もあるからといって、いまさらLINEがなくなるかと言ったら、なくならないですよね。新しい物が出てくるときって、おっしゃるようにみんな使い方がよく分からないので、ルールや法整備が遅れてくる。だからどうしたって、予測できないリスクやトラブルはあると思うんです。でも、私たちの学校の考え方は、常に未来から逆算します。子どもはいつか親元や教員から離れて自立しますが、そのときはもう誰も守ってくれない。そのときに、自分を守って、チャンスもつかんで生きていける人に育てるのが私たちの仕事だと考えています。、ですから、リスクがあるならその管理の仕方も含めて教えていくことが必要だと思います。中高時代はある意味、温室にいるようなものですよね。親も教員も見守っている。だからこそ、その時期に失敗をおそれずチャレンジすることが必要なのかなと。子どもとインターネットに関する有識者会議に参加したことがあるのですが、そういうときもなんとなく話の方向が、「危険なのでホワイトリストにしましょう」となりがちなんですよね。でも、それは違うのではないかなと。リスクがある一方で、新しい技術を使うことで世界が豊かになるとか、みんなが便利になるというチャンスもあるのだから、両方を伝えていくべきでは、と思うんです。日本のICT教育は先進諸国の中で低レベルと言われていて、このままでは将来、諸外国に大きく遅れをとってしまいます。

福田:不理解があるからこそ、いいことも悪いことも、両方教えることは必要ですよね。でも、多くの大人が「とりあえず禁止」となるのは、なぜでしょうね?

漆:責任を取るのが誰なのかが心配だからじゃないでしょうか。でも、禁止してリスクを学校の外に出したり、「スマホは大人になってからやって下さい」と先送りにしたりすると、結果的に困るのは子どもたち。それって、「ナイフは危ないから使ってはいけない」と言って、鉛筆も削らない、はさみも使わないというのと同じことですよね。反対に、まだ力も弱い幼い頃に、刃物やはさみを持たせて練習すると、その弱い力でちょっと自分を切ってしまったとき、「危ない」「痛い」ということを体験で学ぶことができる。だけど、大人になって力をもったときに刃物を急に持たせたら、大きなけがになる。だから、大人の目がある程度行き届くうちに、早め早めに小さな失敗をたくさん経験させていくことが、本当の意味で、子どもを取り返しのつかない失敗から守ることにつながるのでは、と思います。

福田:本当にそうですね。分かりやすいです。そういう場を提供して、コミュニケーションが取れるような教育が本当に大事だと思います。今は少ないのかもしれないですが、かつては「不良」と呼ばれた人が、大人になって立派に成功したというケースが多い気がします。優等生も、成功するのかもしれませんけども。僕の友だちで、裁判官になった人がいるんですね。飲み会であっても、お酒も飲まないし、もちろん深酒なんてとんでもないし、何もしないんです。何かあってトラブルになって問題になると、出世に響くって言うんですね。僕から見たら、ちょっと気の毒に思えて。一方で、やんちゃで波風あって、不良をやってきた人は、現実の痛みをよく知っていますよね。だから、人に優しい。いいことも悪いこともたくさん経験した人が、やっぱり豊かになると思うんです。その人たちは肌で学んできたのかもしれませんが、今の時代はそれを「教育」というフレームの中で提示してあげたら、もっと社会で活躍する子どもたちが出てくるのではないでしょうか。

漆:サイバーダイン社という、サイバニクスの研究開発を設立された筑波大学の山海嘉之先生から、以前伺ったお話が興味深かったですね。小さい頃、お母様はものすごく厳しくて、しつけに対しては、叩かれることもあったとか。ところが、9歳になったときに呼ばれて、「これからは、目は離さないけれど、手は放すわよ」と言われて、以来全く自由になっちゃったそうです。

福田:分かりやすいコミュニケーションですね。

漆:私も心理学で親子コミュニケーションの勉強をしているんですが、幼い頃は、熱いものを触ったら大やけどしてしまうから、ある程度の時期までは、命令と禁止で子育てをしていく必要があるんですね。「これはダメ!」とか、「〜しなさい」という言葉掛けとか。でも、9〜10歳くらいの時期になったら、そのトレーニングには終わりを告げて、「あなたはどうしたいの」と、次は自分で決めて行動させる段階に行かなければいけない。たぶん、そこには失敗もあれば成功もあると思いますが、「自分はこういうことで失敗するんだな」ということがわかれば、「自分はこういうタイプだから、こうしよう」と、体系化して失敗しないようにする、内省力、メタ認知力が育ってくると思うんですね。だから、LINEのような新しいメディアに対しても、最初は安全管理のためしつけをする時期も必要ではあるけれど、それが身についたあとは、お互いにルールを作りながら、失敗をさせながら体験させて、自分なりのやり方を見つけていく時期に入っていくんだと思いますね。

福田:SNSが広まって、個人が自由に情報発信できるようになったことで、オリンピックのエンブレム事件など、社会問題も大きくなる傾向はありますが、この武器の使い方をきちんとマスターすれば、僕はどのニューメディアも必ず世の中のためになると思っています。僕らが今生きている現在は、おじいちゃん、おばあちゃんが考えた、未来世界そのものですよね。だから、今日考えることは、20年後の未来になるでしょうし。そういう視点でいかないと、人類の進化に対して、どこか悲観的になっちゃいますよね。

漆:そう思います。だからこそ、新しいメデイアのニーズがあるんですよね。けれど薬も副作用があるから、それをいかに少なくしていくか、どう付き合ってくかということが大事で。便利なものを、よりよく活用するためのリスクマネジメントというのは、今後ますます必要なことだなと思いますね。