『深く考えること、検索だけじゃわからないこと。』 LUMINEや資生堂などのコピーライトを手掛ける尾形真理子氏 × 実業家 福田淳の対談 | Talked.jp

『深く考えること、検索だけじゃわからないこと。』 LUMINEや資生堂などのコピーライトを手掛ける尾形真理子氏 × 実業家 福田淳の対談

対談 尾形真理子 × 福田淳

経験して、初めて整う“体幹”

福田:私が昔先輩にいろいろ質問していたのは、もうちょっと邪念があったんです。出世したい、お金持ちになりたい、とかいうことが先に立っていて、わからないことが全部わかったらトップになれるなという単純な理屈(笑)。でもそれをずっと聞いているうちに、本当に世の中わからないことだらけだなって実感しましたね。 今、何でも検索すればわかるみたいな風潮になっているじゃないですか。以前後輩のIT社長と飲んだら、翌日にメールが来て、そこに「昨日福田さんが言っていた話、ググったけど出ていませんでした」って書いてあったんです。それに私はビックリして。だって全世界で70億人の人類がいるのに、web人口はたった20億人しかいないんですよ。残りも決してすべてが発展途上国の人というわけではない。だから検索で全てがわかるわけないじゃないですか。でもそういう考えの人がいるってことが衝撃的でした。 私が子どもの頃は、親や先生にダメだと言われても崖から川に飛び込んだりして、それで実際に死ぬような思いをしたり、大怪我をする友達もいたりしました。でもそういうことを経験すると、これはダメなんだということが肌感覚でわかるようになるし、ある種の体幹が鍛えられる。最近元暴走族でビジネスで成功した人の書籍が出版されていますが、そういう人たちはいろいろ危ないことや悪いことをしたことで常識人になっているし、体幹も鍛えられているから、成功しているんだと思うんです。

尾形:今のお話しで思い出したんですが、元電通で今は東京藝術大学で教授をされている佐藤雅彦さんが紫綬褒章を受章された時のインタビューの中で、「今自分は教育現場にいるけど、野球をやっていたり、体育会系だったり子たちはわりと良いと思う」といった主旨の話をされていたんです。そういう子たちは何かに熱中して、体と頭でいろいろなことを乗り越えたりジャッジしたりっていう経験値があるんで、自分で物事の良し悪しを決められる感覚が育っている、と。 片や「黒子のバスケ」脅迫事件で逮捕された渡邊博史被告が獄中で書いた意見陳述書を先日読んだんですけど、彼も思考としては、佐藤雅彦さんと同じ所までたどりついていたんですよ。その人は小学校の時にいじめられて、親とのコミュニケーションもうまくいかなくて、社会的な共感の共有ができなかった。彼は「安心」という言葉で表現していましたけど、たとえば転んだ時に母親が駆け寄って「痛いの痛いの飛んでけ」とやってくれたら、「あぁ、これは誰もが痛いんだ」ということが共有できて、その後母親に「また転ぶから走るのをやめなさい」と言われたら、「痛いから走っちゃいけないんだ」と繋がっていくと。でも最初に母親から与えられる駆け寄りの「安心」がないまま「走るのをやめなさい」と言われても、「走るな」という言葉の意味はわかるけど、その前の段階の走っちゃいけない理由がわからない。そういうものが積み重なっていくと、共感を共有できない人間になってしまう、と。同じことを言っているのに、片や褒章受章のインタビューで、片や獄中の文章なのは何故なのだろうと、すごく驚きました。

福田:気付きは同じなのに、違う結果になっちゃうんですね。私は子どもの頃は天邪鬼で頭でっかちだったんで、親や先生の言うことを聞かずに、先ほど話したようないろいろな経験をして、その結果体幹が整ったんだと思います。渡邊被告も若い段階でそういう環境があったら、また違ったのかもしれませんね。とはいえ私も体幹整ったと言いながら、一度会社をクビになっていますが(笑)。 でも今では、いつゼロになってもいいなと思っているんです。クビになったことで、それがどういうものかを経験できた。そういう経験があったから、できるだけ企業のトップにプレゼンして、クライアントに対しても、違うと思うものは違いますと言うようにしています。そうした方が悔いはないし、実際トップの方は素直に意見を聞いてくださるんですよ。逆に現場に近い人の方ほど聞いてくれないことが多いかもしれない。

尾形:現場の方も厳しい立場ですから、なかなか全ての意見を聞けないかもしれませんね。 ただ特に広告の仕事は、クライアントにも一緒になって消費者を口説いてくれる側になってくれないとだめなので、口説かれ待ちみたいな状態だと、私たちが一生懸命口説こうとしても絶対うまくいかないんですよね。もちろんクライアントをどこまでその気にさせられるかっていうのもあるんですけど、でももうそういう時代じゃない気もするんです。広告会社がクライアントの思いもしなかったような企画をけしかけて、「俺たちの仕事だぜ」みたいなことを言う時代は、とうに終わっているのではないでしょうか。それよりも、クライアント企業が社会的にどういう成長を遂げていくのかとか、どういう可能性があるのかとか、そういう部分を見ながら一緒に仕事をしていく関係でありたい。私はよく「共犯」という言葉を使うんですけど、クライアントと共犯となって、それぞれの役割と能力を活かしていける関係を築ければ良いと思います。

福田:そうですね。「そういう関係になれなかったら、自分の人生の中の限られた時間をあなたと過ごす意味がない」というところまで、クライアントとわかり合って消費者に向きあいたいですよね。

尾形:社内ではこういうことを言えても、なかなかクライアントには言えませんけどね(笑)。

福田:その辺りは年季の問題で、だんだん言えるようになると思います(笑)。本日はありがとうございました。

掲載/月刊『B-maga』最新号 10月号(10/10発行)