近藤健祐 × 福田淳 対談 意外と知らないキャラビジネス考@ソニー・デジタル エンタテインメント【前編】

2.Jリーグの仕事で権利ビジネスを知った

近藤:このときJリーグのライセンスをやっていた広告代理店のかたで、「Jリーグの仕事したいんだったら、うちに来れば?」とお誘いいただき、そこでライセンス・ビジネスを覚えたんです。
クラウンレコードの関係会社で、当時は、ミリオンセラーも多く出ていた、いい時代でした。
ユーロビートブームに乗り、入社する前からかなり売上も上がって行くタイミングですごかったです。

福田:超バブリーですよね、それ。

近藤:それ、おいくつのときだったんですか。

福田:25歳です。

近藤:じゃあもう、その頃からライセンスを?

福田:はい。就職して最初の3年間はSP会社で、昔ながらの広告代理店の仕事、飛び込み営業とか覚えて、次の会社でJリーグの仕事をやり始めて。そこで権利ビジネスって商売があるんだと知ったわけです。スーパーファミコンの時代ですね。

近藤:西暦だといつ頃ですか。

福田:私がいたのは94年から96年の9月31日までだったんですけど。

近藤:僕が東北新社でスカパー!(当時はパーフェクTV)立ち上げて、ディレクTVが出る頃ですね。あの頃から、ライセンス・ビジネスが、世の中に認知され始めましたよね。

3.なんでゲームのライセンスだけ切り分けられてるの?

近藤:私がいた会社はJリーグのゲームのライセンスをやってたんです。スーパーファミコンや私が入った頃はまだメガドライブとかありました。

福田:それだと80年代終わった頃にプラットフォームはできたんでしょうね。

近藤:プラットフォームはできてましたね。ゲームのライセンス自体は、上司が前社時代に始められ、自分のいた会社に移りJリーグのライセンス・ビジネスを始めたんです。私は広告代理店としてゲームのプロモーション企画が主な仕事でした。

福田:分かりやすい。

近藤:ゲーム業界とライセンスをするのに一番いい時期だったと思います。ちょうど3DO、サターン、プレイステーションが出ていくタイミングだったのでいろいろな会社とお付き合いすることができました。

福田:確かにJリーグブームってすごかったです。なんで今までそのカテゴリーがなかったのって疑問に思うくらい・・。

近藤:そうですね。前から母数はあったと思うんです。

福田:今なんか『ポケモンGO』とか騒いでますけど、サッカー人気にもなんかああいう突如観ありましたよね、僕みたいに全然関心ない者から見たらね。

近藤:92年の秋口にナビスコカップが始まり、リーグ戦は93年からで、私がクラウンの子会社に入ったのが94年なんですけど、デジタルライツっていう分野でライセンスの窓口をされていました。そういった区分けで権利が取れるのだと、その当時の上司は本当にすごい人だと思いました。

福田:その方は、今は何をされてるんですか。

近藤:最近までスポーツゲームのライセンスをされていました。

4.ライセンス前提か否かでものすごく差が出る

福田:ゲームをきっかけでライセンスのことを始められたんですね。どういうところが面白かったんですか?

近藤:ライセンスは、自分ができないことを、得意な人と一緒にする技術なんだなっていう・・。例えば、私がいた会社は広告代理店なんでゲームは作れないけど、さまざまな権利を整理してあげることはできる。それぞれの権利を、ゲームを作るのが得意な人たちに小分けにしていくっていう商売なので。

福田:なんかちょっと、広告代理店の営業とかプランナーともちょっと違いますね。

近藤:違いましたね。

福田:さまざまな権利の整理して、企業と組むってビジネスモデル、当時の広告マンは知らないですよね。そう考えると、近藤さんは権利ビジネスについての取り組みのトップランナーでしたね。

近藤:私ではなく、さっき話した上司がすごかったんです。ゲームの中身の細かい権利まで熟知されてて、その権利を各会社と折衝して、全部クリアランスした状態でライセンスをしてたところなんです。真のライセンス・ビジネスをやってたんですよ。ライセンス業務っていうと、例えばパッケージにロゴだけ付けて販売する、いわゆる横流しって言われるブローカー的なのはよくあったと思うんですけど、その上司は単なるブローカーじゃなくある意味でコンテンツのプロデュースに近いところまでライセンスエージェントとして関わっていた感じでした。

福田:僕が東北新社にいた頃、創業者の植村伴次郎さん(当時は社長)は、いつも「東北新社はブローカーじゃない」って、言っていたんです。、植村社長はマーケターっていう言葉を使わなかったけど、僕、何かの作品のプロパティをアレンジするとき、自らMG料(最低保証料金)を支払って、リスク、つまり販売責任を背負って売るっていうのも、マーケティングの一つの在り方だと思うんですよね。あるいは、新しいクリエーションのパターンを作るなんていうのも、言ってみれば周辺ビジネスですよね。植村社長は『サンダーバード』から身を興した人ですけど、そういう権利商売のことを考え抜いてやっていた先人は偉大です。今、ライツホルダーそのものなのに、いや、だからかもしれませんけど、何もしない人多いじゃないですか。

近藤:すごく多いです。何かしてくれる人を待ってるみたいな。

福田:待ってますね。でもそんなだと、ライセンス・ビジネスの仕事の格は上がっていかないんですよ。

近藤:特にコンテンツを作った人間というのは、やっぱりもうライセンスを前提でやってる場合と、やってない場合の差がものすごく出るなっていうふうに、『ポケモンGO』なんかを見てても思いますけど。