近藤健祐 × 福田淳 対談 意外と知らないキャラビジネス考@ソニー・デジタル エンタテインメント【前編】

8.私は過去に支えられている

近藤:せっかくサイト立ち上げても、先方にパソコンがないならお話にならない。でも、会社に投資していただいてたんで、これ、まずいなと思って、「ちょっとパンフ作らせてくれ」って、直接足を運んで営業したんですよ、ガンガン。

福田:やっぱり紙のツールでやらないとということですね。

近藤:そうなんですよ。相手に残らない。パソコン残らないですから。新人のときに飛び込み営業をやってたんで、それが生きたんです。紙持ってブワーッて回って。

福田:やっぱり仕事に無駄はないですね。

近藤:無駄はなかったです。もう本当に私は過去に支えられてます。

福田:みんなそうじゃないですかね。ただ、その過去をレバレッジにできる人って意外に少ないんじゃないですかね。やってたことがバラバラっていう人、たまにいますよね。僕なんかは近藤さんと同じで、これやってたからこれってつながる感じだし、実はみんなもそうなんだけど、気付かないんじゃないですかね。過去の自分がいたから今があったって思える人はやっぱり幸せなんですよ。

近藤:確かに、すごくラッキーな人間だと思います。

福田:いつも言うんですけど、3カ年計画とかって無理ありますよ。ネットなんかやってると半年先の予想も難しい。『ポケモンGO』がこんなに流行るって今年の1月に予測できてたら、多分天才ですよね。ただ、過去に自分がやってたことの延長線上に『ポケモンGO』がなんであるかは考えられるじゃないですか。そういうところが大事かもしれませんね。で、紙の営業はうまくいったんですか?

近藤:いや、手売りでもなかなか決まらなかったんで、どうしようかなって迷ってたときに、たまたまウチのサイトで取材したネットマガジンにキャラクターのページにソニーマガジンズに「すしあざらし」っていうのをヒットさせた方がいるって知ったんです。

福田:聞いたことありますよ。

近藤:イーキャラメッケ内にキャラクターの情報コーナーがあったので、その方に取材して、そこでお会いしすることが出来ました。
お会いしたのはクリエーターを発掘する部門にいらっしゃった方でした。先方は「キャラクター探したい」ニーズがあり、私たちは「ライセンスにつながるキャラクターを発掘したい」とお互いのニーズも合い、「じゃあコンテストやって、グランプリ取ったキャラクターの本を出そう」って話になりました。それがソニーマガジンズとインターネットでキャラクターを発掘する「イーキャラ・ブック大賞」というコンテストの開催につながりました。第一弾は2001年10月締切にして、8月から募集を始めた記憶があります。

9.ライトンでようやく会社の目玉ができた

福田:僕の近藤さんのイメージはリアルもネットも全方位的なイメージですけど、意外と最初はデジタルから入ってるんですね。

近藤:実はデジタルから入ってたんです。このコンテストの記事が日経新聞(日経は経済面で日経産業の1面だったかもしれません。)の1面に出たりして、「ソニーグループの広告代理店と出版社がデジタルからキャラクター発掘!」という見出しで紹介されました。そして当時、ソニーマガジンズの『MOCA』という雑誌も発売されキャラクターの発掘もされていました。

福田:はい、ありました、『MOCA』。何回か仕事させてもらいました。

近藤:キャラクターを扱った不定期刊誌だったんですけど、その『MOCA』で2001年末に「大賞です!」って発表したのが「ライトン」になったんです。

福田:なるほど。

近藤:で、福田さんに「ライトン」の携帯サイトを作っていただいた際に、テレビCMを福田さんに作っていただきました・・。最初に福田さんにお会いしたのは2001年ですね。で、契約は確か2004年。当時のソニー・ピクチャーズの担当が浅野さんでした。
独立してすぐくらいかな。その前にイーキャラ・メッケの配信を、みたいな話を少ししてたと思うんです。

福田:当時、「ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの版権(「ゴーストバスター」「メン・イン・ブラック」など)を、日本でゲーム権とかラインセンスで売れ」なんてハリウッドから言われて、新規部門を作ったはいいけど、「スパイダーマン」とか、まだディズニーに買収される前で、mg(最低価格)も高いから、ちっとも売れないわけですよ。で、「アニマックスの経験から言わせてもらうと、売れるのは日本のアニメキャラクターだよ」って訴えたら、「じゃあやってみろ」って。全然知見もなくて、権利の取り方も分かんない中、第1号は「サバ課長」っていう、電通が権利を持っていて、本も出ていたキャラをサブライセンスしてくれた。

近藤:何となく覚えてます。

福田:KDDIauで専門サイトを出しても、30人ぐらいしか加入なくて、「これ、全員、関係者じゃないの?」とか笑われて、「あれ? 『キャラっぱ!』みたいなこと、全然起きないな」って。今から考えれば、分量も違えば表現も全然違う。バンダイはNTTdocomoと組んでるから、いつも最新テクノロジーで、デコメだって最初に出せるけど、こっちは新参者だから、そんな情報を教えてくれないわけですよ。

近藤:福田さんにもそんな時代があったんですね。もう初めからすごくうまくいってるようなイメージだったのですが。

福田:いや、それなのに、僕、日経新聞のインタビューに出て「100サイトをやる」とか宣言しちゃって、スタッフから「聞いてませんよ」って怒られました。一つのサイトで1万人集まる有料サイトを100サイトやることによって、スモールコミュニティを作るのがネットの世界だって言ったら「ソニーが100以上のモバイルサイトを計画」とか読売新聞に書かれちゃって、「本当に100サイトやるんですか?」「いや、言っちゃったから」とかゴニョゴニョ・・(笑)。

近藤:書かれちゃったんですね。

福田:でも全然目玉コンテンツが作れなくてね。

近藤:クリエーター物が多かったですよね。電子コミックもやられてましたよね。横スクロールかなんかの。

福田:その次に出したのが、「マンハッタンの猫」ってアーティストの久下貴史さんが作った女性に人気キャラクターを配信した。それはちょっとウケたんですけど、でも30人だった登録が1000人に増えたぐらいの話ですよ。「いや、まあこれ、1万いかなきゃ意味ないよ」とか言って、「総合サイトやろうか、単品サイトでいこうか」って検討したんですよね。で、単品の道を選んだら、ライトンをやらせてもらえることになって、すごい喜んだんですよ。ちょうどそのときにうちの顧問だった内田勝さん(元講談社の天才編集者)のお力で、水木しげるプロダクションから、『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラサイトのお話もいただき、目玉が2つできたって喜んだんですよ。

10.今までの赤字を全部ライトオフするから出てってくれ

近藤:それで、ライトンのCM作っていただいたんですよね。

福田:「ライトン、ライトン」ってCM、東北新社ですよ。あの仕事で、会社の上の人たちから「こいつは本気なんだ」と思われたんですね。でも、部門任されて1年目は稼げないどころが、大赤字だったんです。で、ハリウッドの本社が「初年度でなんの芽も出ないようなもの、やめてしまえ」って怒るのを、「まあもうちょっと待ってくれ」ってズルズル、ズルズル・・。そしたら、2004年から2005年にかけて着うたでヒットが出て・・・。

近藤:着うたもやってらしたんですね。

福田:ジャズからクラシックからソニー・ミュージックから買って、着うたは割とすぐ黒字になったんですよ。こうやって1個、1個のポートフォリオをちゃんとやっていけば固定費は乗り越えられるはずだってハリウッドを説得したんですが、2005年頃、「もう勘弁してくれ。今までの赤字で全部ライトオフするから、もう出てってくれ」って懇願されて。

近藤:それで出ていったんですか。

福田:2006年に「独立するよ」って言ったら、ソニーがベンチャーファンドでお金出してくれて、今の会社作ったんです。で、崖っぷちのときに『GOLDEN EGGS』がヒットしたんですよね。あれ単品サイトで30万加入ですよ。300円で。
もうウワーッて売れちゃったんです。TBSのホール、赤坂BLITZでイベントやったら、2500人ぐらいすぐに集まって、満杯立ち見で追加公演とかね。「えー、携帯サイトでここまで?」って。当時、『GOLDEN EGGS』の制作会社「PLUS heads」の代表である臺佳彦さんから「DVD権をソニーで買ってくれないか」って頼まれたんです。でも、当時、僕はソニー・ピクチャーズのデジタル部門だったので、ビデオ部門の部門長だった土居健人さん(現トリンプ・インターナショナル社長)に「これiモードで凄いウケてるから権利買わない?」って繋いだら、「いや、わし、こういうシュールなん、よう分からへんねん」って(笑)
「これは絶対ウケるから」って説得したんですよね。結局、DVD権は、ワーナーブラザースが買って、販売価格5,500円のDVDが56万枚売れて、最終的には100万枚超えました。長年エンタメビジネスやってますが、ヒットの法則はわからないものです。

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