トルコとカリフ制
中田:本にも書いたんですけど、実は今、トルコがカリフ制を復活させようとしていて、それがたぶん来年、再来年あたりなんですよね。
福田:トルコはなぜ、そういうふうに流れが変わってきたんでしょうか。カリフ制を復活させようというのは。
中田:考えてみると、カリフ制がなくなってからまだ100年経ってないので、彼らにとってはまだ現実で、アクチュアルなんですね。少し前までは、カリフ制時代に生きていた人間がたくさんいましたし、今でもいるわけですから。それに、当時の人間たちから「カリフの時代はこうだった」といって教えを受けている人たちはたくさんいるわけです。私の教え子もそういう人間から習っているので、その辺が私にも伝わってくるんですけどね。
福田:なくなってからもずっと、アクチュアルなものとして捉えられた。
中田:実際に私が勉強を始めた頃には、イスラムってトルコだったんですよね、まだ。40年前に、当時読んでいたような本を書かれている大先生方というのは、まだオスマン朝があったことを知っているような人たちだったわけですね。だから、今だと、イスラムはアラブだというふうになっているんですけど、そうじゃなかったわけですね。トルコはイスラムであって、当時のアラブなんてまだ植民地。 たぶん覚えてらっしゃると思いますけど、オイルショックとかがあって、アラブが出てきたんですよね。そういう意味ではアラブが中心だというのはわかるんですけど、実は政治史を見ると、アラブの栄光はもう1000年以上前に終わっていて、それからはずっとトルコが政治的な中心だったんです。一番のイスラムの最盛期は17世紀なんですけど、17世紀にはトルコにオスマン朝があって、イランにサファヴィー朝というのがあったんですね。それで、インドにムガル朝があって、この3カ国はみんな実はトルコ系なんですね。
福田:そうなんですか! そこから発祥できている。
中田:そうなんです。実は全部トルコ系、イランですらそうなんですよ。トルコがイスラム世界を実際は支えてきたんですね。彼ら自身もそう思っているわけなんです。 ただ、やっぱり日本と同じで、近代化を目指す人間と、イスラムの伝統を守ろうという2つがあって、結論についてはヨーロッパが強かったので、近代化のほうにいってしまったんですけど。ただ、伏流としては今言った通りですから、やっと表に出てきたというか、我々が気付き始めたという。ただし、やっぱり「世界中全部敵」なので、なかなか難しいんですけど、あと2年でどうなるかですね。
福田:“どうなるか”…というのは、それが達成し得ない、海外からの動きとか、圧力があるともお考えで?
中田:もちろんです。でも、イスラム世界がカリフ制再興できないのは、海外から邪魔されるというよりも、イスラム世界の中の人間がそもそも駄目だからなんですけどね。
福田:ああ、そうなんですね(笑)。結束がないということ。
中田:パレスチナを見ていてもそうですけど、結局イスラエルはなんで負けているかというと、ひとつにまとまらないからです。イスラムじゃなくてアラブの論理ですら、アラブ23カ国もあって、お前ら何やってるんだっていう話ですけどね。 確かにアラブ人とイスラエル人は仲が悪いんです。イスラエルにいるアラブ人のほうが、普通の民衆よりも良い暮らしをしているって、そんなものは誰だって知ってることなんですよ。…ただ、それは言えないわけですね。政治体制が悪いから。それはイスラエルが悪いわけじゃなくて……と言っても、まぁ、イスラエルも悪いことは悪いんですけど、でもそれよりもまず、アラブ人たちが悪いからまとまらないわけですから。なので、カリフ制もアラブ諸国みんなが邪魔をしているから、トルコだけ頑張ってもなかなかうまくいかないんですね。