韓国ドラマ『イカゲーム』の功績
福田:つまり世界的な作法にのっとっていないない。ということは、当たり前ですけれども、グローバルの共鳴、共感を生まない。その根底にあるものは何かというと、「非ハリウッド」となんですよ。Netflixが作り上げた文化はシリコンバレー、つまりサンフランシスコ的なもの。サンフランシスコからロサンゼルスを見ているんです。それはどういうことかというと、いじめっ子のアジア人がいたり、ファッショニスタではないLGBTQがCEOの役をやっていたり、白人がギークな引きこもりだったり。そういう、ハリウッドでは絶対に取り上げない世界観を平気で取り上げて、メジャーを狙わなかったことでメジャーになった。サブカルの第一人者だったボブ・ディランがノーベル賞を取っちゃうくらいの大転換が起きたんですよね。この文化的な大変革の背景を理解していないと、これからのエンタメ業界では生き残れないでしょう。つまり、「いかに多様性を描けているか」というところが、これからの肝なんですよね。
たとえばハリウッドのドキュメンタリー映画『デブラ・ウィンガーを探して』(*1)では、34人のハリウッド女優たちが登場して、歳を重ねることで主演に選ばれなくなるとか、納得のいく作品に出られなくなるという葛藤が描かれているんですけども、その一方で白人の男性俳優は、50歳になっても60歳になってもヒーローを演じることができる。永遠に『ダイ・ハード』で主役ができるんです。こんな非現実的ないびつな世界のストーリーに、今どれだけの人が共感できるのでしょうね。『イカゲーム』は、借金がたくさんあったり、パキスタン人の移民があったり、北朝鮮からの脱北者がいたり……といった、今の韓国の抱える状況をリアリティをもって描いている。だから世界中から共感を得られたんです。日本人は同じアジアの一員として、韓国を見習って、追い付けるように頑張ってほしい。Studio Dragon(スタジオドラゴン株式会社)(*2)の作品をよく観て、研究に行くべきだと真剣に思っています。
そして宮川さんは、カンヌ映画祭の作品賞を全て記憶しているほどの映画愛があって、先述のように「スター・チャンネル」の“24時間まるごと企画”とか、誰も考えつかないような企画を一人でやられて。エネルギッシュで、クリエイティビティにあふれて、妥協しない人です。そこに「のん」という、誤解を恐れずにいえばひとつの狂気のようなクリエイターがタッグを組んだ。業界からのオーダーなんてあろうがなかろうが、セルフモチベーティッドに絵を描くわ、歌ってシャウトするわ、脚本を書くわ……。そこに先述の「多様性が許される時代」が重なった。これは一つの、テントポール映画(*3)になるだろうと思いました。
宮川:狂気ということで思い出しましたけれど、『Ribbon』の中でのんさん演じる主人公が舌打ちをするシーンがあります。その舌打ちがまた、かっこいいんですよ。アイドルや女優の舌打ちはあまり見ることがないので、あれはたぶん素でやっているんだろうなぁ、と(笑) 時代におもねることをしないで、舌打ちをしまくりながら前に進むというあの感じ。福田さんのビジョンとのんさんが共鳴しているように僕には思えました。
福田:あまのじゃくなところ、僕とのんは気が合うんです(笑)
宮川:いいペアリングで、お互いパンクだなって。今回そんなパンクに混ぜていただいて、僕自身はまだパンクに振り切れてないなぁと感じました。
(*1) 映画『グラン・ブルー』のロザンナ・アークエットの監督デビュー作。ハリウッド女優34人が仕事と家庭の両立、加齢とキャスティングの悩みなど、本音で語るドキュメンタリー。登場する女優はデブラ・ウィンガーはじめ、メグ・ライアン、フランシス・マクドーマンドなど。2002年カンヌ国際映画祭で話題を呼んだ。
(*2)韓国のドラマ制作会社。CJ ENMのドラマ事業部門として設立され、同じCJ ENMを母体とするtvNのテレビドラマを多く制作している。『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』『ミスター・サンシャイン』『愛の不時着』など韓国の人気ドラマを手掛けてきた。キャッチコピーは「WE CREATE NEW CULTURE (私たちは新しい文化を創造します)」。
(*3) テレビ番組や映画では、映画スタジオやテレビネットワークの業績を支える番組や映画のことをテントポール(tent-pole、tentpole)と呼ぶ。これは、テントを安定した構造にするための強力な心棒に例えられている。
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