並河進 × 福田淳 対談
ソーシャルデザイン入門【後編】
構成: 井尾淳子 撮影:越間有紀子
並河 進氏(写真左)
1973年生まれ。電通ソーシャル・デザイン・エンジン代表。社会貢献と企業をつなぐソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『下駄箱のラブレター』(ポプラ社)『しろくまくんどうして?』(朝日新聞出版)『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)『SocialDesign 社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかた』(木楽舎)ほか著書多数。
福田 淳氏(写真右)
ソニー・デジタル エンタテインメント 社長
1965年生まれ。日本大学芸術学部卒。アニメ専門チャンネル「アニマックス」など多数のニューメディア立ち上げに関わる。(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント バイス・プレジデントを経て現職。
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ソーシャルデザイン入門【前編】
問題提起から始まった
王子ネピア「nepia 千のトイレプロジェクト(*1)」
福田:この間もFacebookを拝見していたら、「東京駅の中に普通のカレー屋がない」って怒ってらっしゃったじゃないですか。
並河:今、東京駅はすごくきれいになって、構内もおしゃれになりましたよね。カレーひとつとっても、前はスタンダードな300円とか400円ぐらいでパッと食べられるカレーがあったのに、全部なくなって、そのかわりに高級オーガニックカレーみたいなメニューばかりになって。
「日本の名店を楽しめる」というコンセプトは、海外の人や地方から来た人のために、東京駅自体を観光名所にしようという作戦で付加価値を上げていくビジネスですよね。でも東京駅って、やむなくそこで乗り換える人もいるし、そういう意味では東京駅ってパプリックスペースという見方もできるわけです。パブリックスペースとしての東京駅に何が必要かっていったら、そういう高級なものばかりじゃなくて、もっといろいろ選べるメニューとか、あるいはWi-Fiでインターネットができたり、ただで休めたりとか、そういう機能も必要なんじゃないかと。東京駅の進むべき道として、どちらが大切なのかなってちょっと考えてしまって。
福田:「なんで普通のカレー屋がないの」っていう問題提起を引き金にして、「東京駅はプレゼンテーションの場で、基本的に新規ユーザーに対してのみ対応しているコンセプトなんだ」っていう意見から、「そうはいってもリピーターが6割いるんだから、もうちょっと普通のカレー屋を置いておいたほうがいいよ」って、みんなそれぞれの声が上がるわけですよね。そういうふうに考えること自体が、今の時代の気配や感覚を研ぎ澄ます用途になると思うんです。先ほどおっしゃっていたように、従来の広告の考え方でいうと、「クライアントさんがいて、制作側がいて」っていうことになるんですが、並河さんが手がけたネピアさんのケースは、直接クライアントさんと居酒屋で話したらいろいろな本音が出てきて、あの「千のトイレプロジェクト」につながったっていうことなんですけども。
そのプロジェクトを最初に聞いた時、僕は「これこそソーシャルデザインの一番美しい成果だ」と思いました。
並河:これは、王子ネピアという、トイレットペーパーやティッシュのメーカーが2008年にスタートしたプロジェクトで。売り上げの一部でインドネシアの横にある東ティモールという、2002年まで内戦があった国のトイレ作りを応援するという活動です。毎年定められたキャンペーン期間中に、ネピアのトイレットペーパーやティッシュを買うことで、売り上げの一部がユニセフに寄付されて、それが、東ティモールの衛生環境改善のために使われる、というプロジェクト。これはネピアさんの当時マーケティング部長の今敏之さんという方がすごく面白い方で、酔っぱらうと「便所紙、上等じゃねーか」「便所紙にもできることあるんだよ」っておっしゃっていて。「便所紙の意地ってなんだろう」みたいなことを話していた中で、実はトイレって命と密接につながっているよね、となった。ものを食べることが命とつながっているのと同じように、排せつも命とつながっているんですよね。トイレがないから屋外でうんちして、その不衛生な状況下でおなかをこわし、脱水症状で命を落としている子どもたちが世界にたくさんいる。それならば、「トイレットペーパーを作っている会社としては、こういうプロジェクトをやろうじゃないか」ということでスタートしました。僕にとって、こういう社会的なプロジェクトをお手伝いするのは初めての試みでしたね。
福田:いいキャッチコピーで、いいパッケージデザインをして、大量にテレビCM打とうっていうのが、本来の広告代理店的な仕事のイメージじゃないですか。それをはるかに超越して、トイレを作ろうというふうになっちゃったわけですよね。
並河:そうですね。プロジェクトの予算の多くは寄付になったので、普通のキャンペーンを提案したほうが、電通の売上としては多いのかもしれないけれど。でも、普通の広告の仕事だったら、完成したCMを流したら終わりですけども、翌年に東ティモールに行くと、村にちゃんとトイレができていて、実際に乳幼児の死亡率が減っていったんですね。村自体も盛り上がっているし。何かの役に立っているんだっていうのを感じながらずっとやっています。
このプロジェクトが実現して以来、会議室じゃなくて、飲んでいる場でクライアントとコミュニケーションをとろうというようなスタイルで仕事をするようになりました。飲みながら提案して、結構ベロベロになりますね、お互いに。で、後日昼間に会いに行って、「これ、この前飲んでいたときに、ふたりで考えた企画です!」と提案したりして。なにせベロベロだったので、相手も僕も覚えていないんですが、もうどっちが言ったかも分からないみたいなことで(笑)。飲まなくてもいいんですけどね。でも、どっちから提案する、とかじゃなくて、いっしょにつくるのが大事だと思うのです。
福田:それは決してなあなあではなくて、もともとのコンセプトやマインドの部分で、共鳴していたということですよね。
並河:そうですね。大きいところでの共鳴はすごく大事ですね。それがないとできないし、そこが共鳴していたら、あとは、どう実現するか。手段は選ばずがんばりますね。
福田:これまでの仕事の流れを変えるっていうのは、広告に限らずすごく難しいじゃないですか。ひとつの仕事に対して、アイデアを出す側になったとき、一方的にアイデア出すのではなく、相手と問題意識を共有して、そこからストーリーを作っていくほうが、非常に今の時代にマッチしていますよね。そういう意味では、この「nepia 千のトイレプロジェクト」っていうのはストーリーありきで、トイレットペーパーはどうしたって買うわけで、その売上が寄付になるなら、社会にとってひとつも悪いことはないよねっていう、とても美しい事例ですよね。
(*1)千のトイレプロジェクト 王子ネピアが、キャンペーン期間中のトイレットペーパーやティシュの売上の一部をユニセフに寄付することで、東ティモールのトイレづくりを支援する活動。https://1000toilets.com/