五感で覚えたことは忘れない
成瀬:リアリティーとデジタルがどんどん融合していく中でも、決してなくならないと思うのはリアルな感覚。実際にその場所に行って体験するということや、その場所にたどり着くまでのプロセスまで含めて。ただ行っただけではなくて、逆にデジタルを使いながら、福田さんがおっしゃったようなさらに面白くなるような体験、リアルが膨らむような体験を作ることができるということが、今いちばん面白い領域だなと。
福田:最近、Kindleの音声読み上げアプリが話題になっていますけども。パンローリング株式会社という、オーディオブック事業を展開している出版社では、月の出版点数が新潮社よりも多いそうです。たとえばビジネス書でも、通勤40分の間に1冊聞いて読み終えることができる。満員電車の中だと、混んでいるから本を開けられないじゃないですか。でも音声の世界もなかなか深いですよね。
成瀬さんがそこに気付いたのは、なぜですか。キュレーションメディアから、そんなユニークな転換ってなかなか計れないじゃないですか。むしろ、文字のほうに行くんじゃないかなっていう。
成瀬:7年前に世界一周の旅に出たとき、バルセロナでサグラダファミリアにとても惹かれたんですね。そこで日本人の主任彫刻家の外尾悦郎さんという、これまでの旅でいちばん影響を受けた方と出会ったんです。その外尾さんにサグラダファミリアを案内してもらったんですけど、33年も彫刻を続けている方から、一つひとつのモニュメントを紹介してもらったり、普段は入れないような屋上に案内していただいたり。そこからバルセロナの町並みを見ながら、ガウディの思いを聞いた時には、本当に涙が出るぐらい感動しました。
もちろんテキストを読む体験もいいんですが、その場所で、眼の前の景色を見ながら物語を楽しめたら…。つまり目で楽しみながら、耳で物語を聞くっていうことは面白い体験でしたね。
福田:そうか。オフラインのオンライン化、体験をデジタル再現しようと思ったという意味では、テキストではなかったんですね。
確かに、旅先で読んだガイドブックよりも、実体験のほうが断然、記憶に残りますよね。風の音とか、季節の匂いとか、陽の光とか。
成瀬:五感で覚えたことって、忘れないですよね。季節の花の香りで、思い出が喚起されたりして。実はそこに可能性があるなと思います。もちろん旅の体験を膨らましたいとか、旅を面白くしたいとかあるんですけど、それ以上に、本当かどうかも分からないようなフェイクニュースで、未体験の国や場所を嫌いになってしまうのはもったいないというか。
それが争いや炎上につながっていったりするのをどうにか変えられないかと思ったとき、実際にその場所に行って、自分の五感で体験しながらその街や国のことを理解するのが解決策だと。その街や国のことを理解できたら、個人を理解することにつながるし、理解するってことは、敬意を示すことだと思うので。
福田:世界中を旅している人に平和主義者が多いのは、「やっぱり同じ人間だな」ということが分かるので、他人を排除する理由が見当たらなくなるんじゃないでしょうか。例えば、日本で見かける中国人は、声が大きくて集団で嫌だなと思うかもしれないけれど、実際に中国に訪れて現地の人に親切されたりすると、イメージが180度変わるんですよね。