産経新聞社内の留学制度で北京へ!(1998年)
福田:なるほど。最初の配属どこだったんですか?
福島:奈良支局です。地元ですね・・・。
福田:奈良支局から、大阪本社に?
福島:はい。産経新聞は海外留学制度があるのですが、入社して3年たつと、それに応募することができるんですね。やっぱり海外留学には憧れがあって、一度ぐらい挑戦したかった。しかも会社のお金で、給料もらったまま行けるなんて、すごくいいじゃないですか。
福田:絶対、いいですよね。
福島:1年仕事しなくて、勉強させてあげますって。もちろん、試験を受けるわけですが、そのときに、英語だったら負けると思ったんですよ。
福田:結構、倍率高そうですもんね。
福島:はい。で、中国語で受けようと思って。別に中国語だってそんな得意じゃないんですよ。ニーハオのレベルなんだけれども、中国語は筆記試験しかなかったんです。英語だったら、わかる試験官がいるから、多分話したりとか、いろんな試験があったと思うんですけれども、中国語は筆記だけでよろしいと。私の考えでは、中国語の筆記なんて漢文と同じじゃん、みたいな。
福田:それでも、難しいですけけどねぇ。
福島:後で聞いたんですけど、その試験、中国語で受けた人も何人かいたんですけど、その中で私が一番良かったらしいんです。
福田:さすがですね。
福島:1998年に突然、中国に支局を開くことになったときに、文革が始まって以来もう何十年もなかったわけですから、産経新聞社内に中国語を話せる人員って、そんなにいなかったんですよ。だから、急きょ育てなきゃ、ということで、留学させる、と。しかも、中国当局側と「交換留学をしましょう」という合意もあったんですよね。
福田:遅まきながら・・。
福島:総局を開く記念として、双方がお互いの人員の保証人になって、留学をすると。というわけで、私が・・。
福田:大任ですね。それはね。
福島:そうですね。しかも、私は半分、中国のお金で留学させてもらったんですよ。だから、毎月3000元を中国から生活費をいただいて、それと一緒に給料ももらえるんですけれども・・。
福田:そうなんですか。超リッチですね。
福島:いや、3000元って、私は当時、上海の復旦大学だったんですけど、その額で外国人が十分な暮らしできるかっていうと、日本の生活をしている人間にとっては本当に少なかった。だけど、それとは別に給料ももらえるわけですから、すごくいい制度なんですよ。その代わり、恐らくは、産経新聞も中国当局の人間を産経新聞社内のインターンとして受け入れているはずなんですね。これは言ってしまえば、スパイなんですよ。わかっていて、それは受け入れたわけですよ。