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MITの宿題

暗号貨幣から「経済の多層化」社会へ(前編)   Talked.jp

福田:「ワンタイムパッド」は、「ワンタイムパスワード」のことですか?

中村:間違える人が多いので気を付けたいのですが、ワンタイムパスワードとは違います。20世紀初頭に開発されたバーナム暗号というアルゴリズムについて、米国のAT&Tの研究所に所属していたシャノン博士が、「秘匿系の通信理論」という論文の中で、解読不可能であるということを証明したもので、ワンタイムパッドと呼びました。暗号学者であれば、この証明を否定する人はいません。 ただしその論文の中に、1つだけ問題点が書かれています。例えばここに錠前の付いたジュラルミンケースがあり、遠方にいる私が福田さんに送ったとします。しかし、この錠前に合う鍵を持っている人しか錠前は開けられません。つまり、合い鍵がいる。なので「その鍵のコピーを自分に送ってくれないか」と福田さんに言われたら、私は合鍵を送らなければいけません。けれど、裸のままで送るのは危ないでしょう。なので、これをまたジュラルミンケースか何かに入れて、別の錠前を付けて送る。で、「この新しい錠前の鍵もないと開かないじゃないか!」となって……というと冗談みたいですが、そういう話になるわけです。そういう、相手に鍵を安全に送る方法がないことを「暗号鍵の配送問題」と呼びます。これができないと完成しません。…といっていたところに出てきたのが、先述の「公開鍵暗号方式」です。
これはすごい考え方で、私もMITの授業で学んだのですが、それまで暗号鍵の配送問題は大変難しいと散々聞かされていた中で知ったので、とても驚きました。これこそ暗号世界の革命だと。

福田:なるほど。詳しく教えていただけますか。

中村:例えば、暗号化する鍵と、復号化する鍵があるとします。これは別々ですが、ペアです。右が暗号化する鍵A、左が復号化する鍵B。鍵Aで暗号化された暗号文は鍵Bでしか復号化できない。私が福田さんに情報を送らなければいけないというときに、この2つの鍵を福田さんが持っているとしますよね。すると、右の暗号化するほうの鍵Aだけを私に送って、「復号化するほうの鍵Bは大事に持っていてください」と、私は福田さんにいいます。復号化鍵Bはつまり、元に戻す鍵です。そしてハッカーが近くにいて、暗号化だけできる鍵Aを配送中に盗んだとします。私が鍵Aで暗号化した暗号文を福田さんに送ります。途中で鍵Aを盗んだ人は、暗号化するしかできないから、開かないですよね。暗号文は、鍵Bを持っている福田さんの所に行って初めて、復号化できる。要は元に戻せるわけです。ということは今、暗号鍵を送ることができた、つまり暗号鍵の配送問題が解決しました。これ、すごくないですか?

福田:暗号化できるだけの鍵というのは、誰が持っていてもいいということですね。

中村:はい。それゆえ「公開鍵」というんですね。公開鍵方式であれば、鍵は配送できるんじゃないかというのが先程の1976年の、ディフィーさんとヘルマンさんの論文に出てくるわけです。「確かにそれはできそうだ」ということで沸き立った。私も授業で学んだときは、「これで世界の暗号鍵の配送問題が解決したんだ」と非常に喜んだ覚えがあります。しかし、MITはちょっと意地悪な先生がいたりする学校で、「来週までにこれを破ってこい」という課題が出ました。

福田:面白いですね~。競争社会ですね。

中村:破ってこいと言われても、「既に破られている」という事実を知らない私にとってみれば、「世界で初めて自分が破るのか!」と思っているわけですよ。

福田:それは思っちゃいますね。興奮しますよ。

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