対談 漆紫穂子 × 福田淳

人を豊かにする「教育のシェアエコノミー」という概念

福田:一人一人パーソナライズするということは、コストもだんだん上がっていきますよね。もちろん先生側のスキルは追い付いていったとして、学校経営としては、それで成り立つのでしょうか。

漆:そこは、IT技術がカバーしてくれるのでは、と思っています。教材にしても、たとえば教育再生実行会議などで、「情報など技術革新に即時対応すべき分野の授業については、教員免許も教科書も要らないのでは」という提案をしています。教科書って、作ったとたんに古くなると思うので、世界にあるフリーの教材をもっと使えるようになればいいと思うんですよ。文科省がプラットフォームを作って、食べログやアットコスメのように、その教材を先生たちが使った感想をフィードバックしたり、より効果的に上書きしてシェアしたりするようなスペースがあったりして。そうなると、少なくとも、紙の教材は要らなくなると思いますね。あと、今は、特別免許という申請すれば教員免許のない人でも教壇に立てる仕組みが改善されているのですが、それをもっと活用しやすくするとか。さっきの情報の授業のような特殊なジャンルに関しては、校長の裁量で、企業の人や技術者の方が教えてくれる機会が増えたら、もっと最先端の情報やスキルを子どもたちに伝えていくことができますよね。

福田:「最先端だからいい」という考え方だけではなくて、まさに、教育のシェアエコノミーですよね。今のUBERにしてもAirbnbにしても、「俺、時間が空いているから、タクシーやるよ」とか、「空いている別荘があるから、どうぞ使って」とか、そういうGDPに反映しない経済活動みたいなものをずっとやっていくと、僕は貨幣の価値までもが変わって、それがシェアエコノミーの究極の形にもなっていくと思っているんですけども。たとえば田舎に行ったら、野菜をお金出して買う人はあまりいないんですよね。信頼という通貨がもうあるから。そうすると物々交換でいいわけですよ。国からすると恐るべき展開になるとは思うんですけれども、でもそれをうまく取り込めば、新しい経済圏ができるんじゃないかと。今お話を伺っていて、教育にもそのシェアの概念があるということに気づきました。「知=考古学的」なイメージはもう古くて、本当はもっとアクティブなんですね。教育の方法や知の在り方は、どんどん変化しているんですね。

漆:生徒たちを見ていても、これからは本当に集合知の時代だなと思いますね。子どもたちが教員に、中間テスト前になるとLINEが活発になるっていう話をしたらしいんですよ。なぜかというと、「ノート貸して」とか「プリントなくしちゃった」とか、「ここが分からないから教えて」なんていうのを、LINEでやっているんですよ。スクリーンショットでノートをパチッと撮って送るとか。

福田:きっとすごい勢いで、情報が流通してるんでしょうね。

漆:そうなんです。ただ、子どもたちのLINEグループに教員は入れないので、誰かが違う情報を流すと、一斉にみんなが同じ間違いをするという問題も起こったりするんですね。そこで、タブレットを持っている高等部では、全員がサイボウズとEvernoteを入れていて、その中で情報を共有しているんです。教員も入っているグループなので。実際に教員に見せてもらったんですが、「『富嶽百景』のところがわからない」っていう子に対して、太宰治の解説を入れた、それこそプレゼンスライドみたいなものをアップしている親切な子も現れたりして。

福田:それも集合知ですよね。かつ、クラウドであって、とても面白い。

漆:誰かが自分のノートをアップしたら、そこがプラットフォームになりますよね。で、どんどんみんなの情報が入ってくる。気前よく、まず情報を先にシェアした人のところに、みんながさらに情報を重ねていく。だからこれからの時代、ケチな子に育ててはダメだと思いますよ。おやごさんが時々、「自分のこともちゃんとできないくせに人のめんどうを見てる場合じゃないでしょ」と心配されることがありますが、それは逆だと思うんです。人を助ける、人に分け与えるが先。それができる人のところにモノも人も情報も集まってくる。

福田:人もシェアモデルで、自分が持っているものを全てさらけ出したほうが豊かになっていくと思います。頭のいい子はノートを貸してくれないこともありますけど(笑)、集合知になることによって全体のレベルが上がるし、次の展望が見えてくる。これは、IT活用の大きな教育の成果ですね。人にいいことしたときのほうが、いいニューロンが脳に出るというのと同じで、いいことをされた人よりも、した人のほうの幸せ度数が高いと思います。

漆:ええ。実際に、これまでは成績別でやっていたクラス編成を思い切ってやめてみたら、結果としては、大学受験に際してもで、より高い目標に到達する子が増えたんです。教え合うことで、教わる側も教える側も伸びていったということなんでしょう。試験前になると、自分が先生に質問して聞いたことをみんなにシェアする子がいたり、教員のほうも、いつも質問されるような問題に関しては、自分で動画を撮ってアップしたり。教育にICTを活用すると、そういうところで合理化されていくし、プラス、何か温かい関係性にもなっている気がするんですよね。

福田:シェアエコノミーやソーシャルメディアというのは、親近感とか共鳴といったことが基盤となって発達してきてます。今後の先生と生徒の在り方も上下関係だけじゃなく、情報をよりシェアしやすくできるような関係づくりが大切なのかもしれませんね。