魚と海が教えてくれた経営論(前編)
構成:井尾 淳子
撮影:越間 有紀子
2018年6月12日
岡本 信明氏(写真右)
1951年愛知県生まれ。1974年 東京水産大学増殖学科卒業。1996年に東京水産大学教授、2012年東京海洋大学学長を経て、現在は学校法人トキワ松学園理事長、併設校横浜美術大学学長。研究分野は魚病学・魚類遺伝育種学。金魚博士の異名をもち、素人金魚名人戦にも参加。さかなクンの恩師としても知られる。主な著書に『どんぶり金魚の楽しみ方 世界でいちばん身近な金魚の飼育法』(共著・池田書店)『ときめく金魚図鑑 (ときめく図鑑)』(共著・山と渓谷社)『金魚 KINGYO ジャパノロジー・コレクション』(共著・角川ソフィア文庫)など多数。
福田 淳氏(写真左)
ブランド コンサルタント。1965年、大阪生まれ。日本大学芸術学部卒業。 ソニー・デジタルエンタテインメント創業者。 横浜美術大学 客員教授、金沢工業大学院 客員教授。 1998年、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント社 バイスプレジデントとして、衛星放送「アニマックス」「AXN」 などの立ち上げに関わる。 NPO法人「タイガーマスク基金」の発起人をはじめ、 文化庁、経済産 業省、総務省などの委員を歴任。 2017年、カルティエ提供「チェンジメーカー・ オブ・ザ・イヤー2016」を受賞(日経BP)。近著に『SNSで儲けようと思ってないですよね?世の中を動かすSNSのバズり方』(小学館)がある。
繰り返す「総合化と専門化」の波
福田:今回の対談にあたり、岡本理事長の過去の臨床のインタビューを改めて拝見して、勉強させていただきました。そうしましたらやっぱり僕の直感どおりでした。美術という学問について、「美術やデザインは自己表現だけに留めていてはダメで、創造性を社会との接点の中で発揮することが大事」とおっしゃっていて。 人間、生まれながらに社会との接点がない人なんていないわけですが、ITだとかテクノロジーの進化だとかで便利になって、自然からますます離れていってしまっているんでしょうね。
岡本:じつはそれ、金魚の世界も同じなんですよ。
福田:そうなんですか。今日お招きいただいたトキワ松学園・横浜美術大学理事長室にも、「金魚博士」(*1)の異名を持っておられるだけあって、どんぶりに入った愛嬌たっぷりの可愛い金魚がいますね。
理事長の人気著書『どんぶり金魚の楽しみ方 世界でいちばん身近な金魚の飼育法』(池田書店) も拝読いたしましたが、こういう世話の方法があるんだと、とても興味深かったです。岡本:ありがとうございます。このどんぶりに入れて金魚を飼うというのは、昔の方法なんですよ。昭和30年代までは、金魚用のエアポンプなんてありませんでしたから。金魚は中国から日本に入ってきてから約500年もの間ずっと、こういうどんぶりに入れる方法で飼育されてきたんです。でも近代になってエアポンプが普及して、労力をかけずに世話をする方法が一般的になりました。
このエアポンプの普及とともに金魚の市場がどんどん広まっていく一方で、特化もしていったんです。たとえば「らんちゅう」という金魚は、「こういう金魚でなければならない」というような幾つもの会派が生まれて、金魚を極めようとする集団が出来てきて。
福田:「らんちゅう」ですか。
岡本:背びれのない小判型の泳ぎが下手な金魚です。金魚の王様とも呼ばれています。そういった金魚を育てていくプロセスの中で、それぞれの会派は「これが正当だ!」と極めていくのですけれど、それをやればやるほど、他を批判し始めるんですね。
福田:セクトができちゃうわけですね。
岡本:そうなんです。誰もが認めるいい金魚をつくっていこうと思っているのに、「あんなことをやっていたらダメだ」と批判し始める。すると今度は、普通に金魚を飼っている人たちが離れていく。そんな、いろいろ言われたらイヤですからね。
福田:フレームができちゃうんですね。ちょっと飛躍しますが、それって『週刊少年マガジン』(講談社)の話と一緒なんですよ。1967年の段階で、『少年マガジン』の平均読者は高校生だったんですね。読者層はもう少年ではなくなって、さらに大学生になって、総合化から専門化の波が起こって分派するんです。どうなったかというと、少年マガジンの弟分として発行された『週刊ぼくらマガジン』(1971年廃刊)という漫画雑誌と、『週刊ヤングマガジン』という青年向けに分派したんですが、その後また、売上が落ちていくとともに総合化していく。メディアの歴史と学問の歴史も似ているかもしれませんが、「総合化と専門化の波」は、ずっと繰り返しているんですよ。
(*1)岡本信明氏は、前東京海洋大学長であり、日本の魚類学者・タレントとして知られるさかなクン(東京海洋大学名誉博士、客員准教授)の師匠としても知られる。金魚の飼い方についても、その専門知識から著書を多数もつ。