「マーケティング=市場調査」という誤解
坂井:僕、最近「ブランドというのは、どうやってできるんですか」という質問を受けるんですよ。
福田:結構多いですよね、この質問。とくに最近は。
坂井:そのとき答えたのが、「製品は工場で作られるけれど、ブランドはユーザーの頭の中で作られるもの」と。要するに、企業にはコントロール不可能な、ユーザーの頭の中で「使ってみたいな」と生まれるもの、ということですね。
福田:なるほど。
坂井:つまり企業や商品を通しての体験がその経験として蓄積された結果、形成されるということですね。ブランディングとは、ブランドに対する共感、信頼を通じて、ユーザーの意向、価値を高めていく企業組織のマーケティング戦略の一つ。
ブランドとブランディングがどう違うかというと、ブランディングは「ing」ですから、その行為ですよね、ブランドを作っていく行為のプロセス。意味のある差異をもたらす。たとえば「メルセデスとBMWとアウディ、どう違うんだ」みたいなブランド間の差異は、明確に僕らの頭の中にはあるけれど、それをすぐに言語化できないですよね。そのブランドで一貫した世界観、「らしさ」を共感してもらうことなので。
福田:わかりやすいですね。
坂井:そして今日僕がいちばん言いたい話をします。われわれが持っているiPhone。スティーブ・ジョブズが2007年当時、iPhoneを発表した時に「電話というものを再発明する」と言ったんですね。で、「革新的なUX」「革新的なインターネット・コミュニケーション」「革新的なサービス」というこの三つが=iPhoneなんですと。ガラケーしかない時代に、そう言ったわけですね。
しかし孫さんは、 iPodにキーボードの絵を描いて、「こういうのを作ってくれ」と、ジョブズが既に仕掛けているときに言ったわけですね。だから、その意味において孫さんはちょっと遅かった。なにせ、キーボードを描いたわけだから。つまり、「キーボードをなくす」というのが革新的なUXだったんです。iPhoneではキーボードではなく、スクリーンにしているというところが、一番重要な価値だということを、その時の孫さんは気が付いてなかったという話ですね。
よく「Appleはマーケティングしない」と言われますが、それはとんでもない誤解で、これほどマーケティングのうまい会社はないですよね。「マーケティングしていない」と言う人は、市場調査の話をしているんです。市場調査というのは、マーケティングの2パーセントぐらいしかない。マーケティングには様々な要素がたくさんあるのに、その中のほんのわずかのところを市場調査=マーケティングと思っている方もいらっしゃる。
福田:一時期、マーケティングっていうと、「マーケティングリサーチ」のことだと思われている時代が20~30年前ありましたよね。
坂井:そうなんですよね。でも、企業活動でマーケティングといったら、もう全ての事業部が「マーケティングマインド」を待っていなきゃいけないわけでね。
福田:20年以上前にフジテレビがテレビ局の中で初めて「マーケティング部」を作ったんですね。そのときの仕事がやっぱりリサーチでした。
坂井:2006年当時、「坂井さん、このiPhoneってどれぐらい売れるんですかね」っていう話になって。その時は「30万~50万台じゃないか」という話になったんですが、でも今や世界20%前後のシェアでしょう? だから、市場調査がどれだけ当たらないかっていう話なんです。
福田:だから企業って、3カ年計画を立てるのが好きじゃないですか。僕なんかも長く企業にいて、しょっちゅう3カ年計画作りましたけど、自分の会社になってからはやめましたね。ソニー・ピクチャーズエンタテインメント時代に、会議でこう発言しました。「3年前に予想した今日が、実際に今日なんでしょうかね」と言ったら、もうその場が凍りつきまして、場内シーンでした(笑) あれは、「計画を立てる」ということに意味があるみたいな感じで、形骸化していますね。もっと本当の意味での予見が大事だと思うんです。
坂井:計画は、たんに社内を説得するっていうツールでしかないんですよね。
福田:そうですね、そういうツールですね。
坂井:で、結局何かというと、人々のbehavior(行動・習性)を、ジョブスがiPhoneによって変えたということがすごい、ということを言いたかったんですよね。要するに、今まではキーボードを叩いていた。でもそれがなかったら、携帯は成り立たないと思い込んでいた。でもそんなことは全然なかったということですね。