「大衆の気分」は56年で一周する
福田:黒川さんのプロフィールを拝見しましたら、脳機能論の立場から、語感の正体が「ことばの発音の身体感覚」であることを発見されたと。それは、先程のご自身と弟さんのお名前が始まりだったわけですよね。
黒川:はい。脳と語感の関係の分析から、企業マーケティングのコンサルティングに関わっています。
福田:語感の第一人者である黒川さんにぜひ伺いたかったのは、今旬の新元号についてです。各所で話しているんですが、日本の経済や社会を見たときに、僕は2000年というミレニアムでは日本人に21世紀は来なかったと思うんですね。なぜなら日本人の文化のベースは西暦ではなく、元号だから。アメリカはFacebookが出て、Googleが来て、社会にイノベーションが起きて、製造業からインターネットの時代になりました。でも日本は平成の間、何もイノベーションが起こらなかった。でも今度「令和」という新しい元号になってようやく、日本人の頭のスイッチが切り替わってイノベーションが起きるんじゃないか。そんな期待を持っているんですが、そういうことってあるでしょうか。
黒川:そうですね。時代の変わり目、年号そのものが時代の変わり目にもなると思いますね。自著『ヒトは7年で脱皮する 近未来を予測する脳科学』 (朝日新書) にも書かせていただいたのですが、大衆全体の、いわゆる気分のトレンドは「56年で1周」しているんですよね。
福田:56は「7」の倍数ですよね。その根拠は、ご著書にもあった「人は7年間で免疫システムが変わるから」ということからですか。
黒川:7年周期の発見自体は、「脳が超短期記憶の領域を7つ持っているから」でした。とっさの認識に使うその領域が7つである人が、人類の大多数なんです。このため、「7つまでの情報」は受け止めやすく、「7つ揃っている情報は完全性を感じやすい」という傾向がある。さらに「7日」とか「7年」には「一巡したという感覚が生まれやすい」のです。後に、免疫システムにも7年周期があることを知りました。脊髄の細胞が毎日変わっているので、「7年前の細胞はもうない」という状態です。
福田:そうすると、28年で真逆のトレンドがきて、56年で1周するわけですね。
黒川:そうです。その感性トレンドから言うと、56年周期の中では2019年から2020年は激動の時代が予想されるので、福田さんのおっしゃるように、スイッチングが予想される年になりますね。そのスイッチングの先にどこへいくか。私はやっぱり、新年号の語感が非常に影響を与えると思います。「平成」は「平」も「成」も、「え段」の音で構成された元号で、これは、「物事を平らかにし、穏やかに癒していく」語感でした。エ段音は、口腔を低くして、舌を広くして引くので、遠くはるかな感じがする。
福田:「平、成」。たしかに。昭和もちょっと言いにくいですかね。それでいうと「明治」って、良かったですね。
黒川:「明治」は体幹に力が入るし、りりしい気持ちになりますよね。エ段音は、音の発現点というのは、実は口の前のほうにあるんですよ。「い」「う」は後ろなんですけど、「え」は前にあるのに、舌の緊張点が一番後ろにあるんです。口腔を低くし、舌を広く使い、しかも、音の距離が遠い。だから遠いし広い。例えるなら「舞台は狭いけど、ステージは広い」みたいな。そういうことばで感じる体感があって、「平成」には、目の前でなく、はるか遠くまでを広々と見る感じがする。穏やかに、平らかに。時の天皇皇后両陛下のお姿そのものでしたね。昭和のツケだったバブルの後始末と、未曽有の大災害を含む、この辛い時代を、この年号が癒したのかもしれません。
福田:面白い分析ですね。この数年間は明仁上皇陛下がこんなに愛されてきたということを再認識させられました。昭和天皇が激動の時代を生きぬかれた後だったので、平成の語感が、昭和の後だけに”のほほん”とした感じが必要だったのかもしれない。
黒川:鎮静と癒しの「ヘーセー」に対して、「レイワ」は、「ショウワ」並みの活気を取り戻す語感です。ただし、息の放射で活気を感じさせた「ショウワ」に対し、「レイワ」は息の動きではなく、舌と唇の筋肉の躍動で、それを伝えてきます。つまり「静かなのに、活き活きしている」。クールで華やかです。56年周期の年回りから言っても、ここから、人々は「より上質」であることを目指す時代に入る。経済効果は必ずあります。「ショウワ」が画期的に広げた日本という国を、「ヘーセー」が癒し、「レイワ」がさらに上昇させる。年号は、大衆の無意識を映す鏡ですから、それを国民全体が望んでいるということなのかも。
福田:5月1日から新しい何か起きる気がするし、そこから時代も変わるのでしょうね。