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日本のAI研究の時代はまだ浅い

脳を知れば、未来は変わる Talked.jp

福田:でも、最初に入社された大企業を辞められたのは、何かきっかけがあったんですか。自分でやったほうがいいや、みたいな?

黒川:私は、実は会話の専門家なんです。これも運命と言えば運命なんですけど。大学では物理学が専門で、卒論は素粒子だったんですね。宇宙創成の謎を解く、素粒子の勉強をしていました。でもあるとき、「宇宙創成の謎を解いても、ご飯は食べられないな」と思って。もっと違う、この世の不思議を知りたいと思ったんです。でも当時はまだ男女雇用機会均等法前ですから、私が就職できたのはコンピューターのソフトウエア部門だけ。それで入社したんですね。
 1983年入社なんですけど、1983年って実は、この国の「AI元年」と呼ばれる年なんです。世界ではAIの研究って既に1950年頃から始まっていたにも関わらず、この国はそこまでAIの研究がなされてなかったんですよ。1950年といえば昭和25年頃で、今の形のコンピューターの基礎が整った頃。フォン・ノイマン型とも、プログラム内蔵式ともいわれますけど。

福田:そうなんですか。

黒川:これを整えた立役者の中に、アラン・チューリングという数学者がいます。チューリング博士は第2次世界大戦中に、あの難解といわれたドイツのエニグマ暗号を解読したことで有名になった数学者です。その時代には珍しく、イギリス人でありながら、ゲイであることのカミングアウトもしているんですよ。当時のイギリスではゲイであることが罪だったので、チューリング博士の研究はおとしめられて、功績がちゃんと伝わっていないように思います。それでも、「人工知能の父」と呼ばれています。
チューリング博士はときのコンピューターが成熟した果ての60年くらい先に、知性を持ち得るという可能性に気が付くんですね。「機械は知性を持ち得るか」という、大変刺激的な命題を世界に発信しました。それに応えて哲学者や数学者、当時でいうと情報工学の専門家たちがいろいろなことを考えた。人工知能の、いわゆる想念としての始まりがあったんです。これが1950年代ですね。これを受けて1960年を過ぎた頃に、キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」とか、SFの名作「夏の扉」など、人工知能を巡るSFが生まれたんですよ。
つまり想念としての人工知能が誕生して、その後は世界中で、主に軍隊のある国で、軍事インテリジェンスの一環として、人工知能には予算がつけられていったわけです。だから、水面下で進んでいったんですけども、一方の日本は昭和25年の戦後の混乱期にあって、とてもそんなことをしている暇はなかった。人工知能に対して予算がつかないまま、1980年を迎えて……。

福田:そんなにいっちゃうわけですか。

黒川:そうなんです。で、1980年頃、音声認識や画像認識、自然言語対話など、あらゆることがこれから実現するということになったとき、ときの通産省がようやく焦りだしました。この国には何も研究がないじゃないかということで、新世代コンピューター技術開発機構、通称「ICOT」と呼ばれたんですけども、それを立ち上げて10年。1000億近い予算を計上して並列処理のコンピューターを開発しました。

福田:やりますね、国も。

黒川:そうなんです。そこで最初の人工知能の開発者たちが誕生したんです。32歳以下の若手研究者や技術者なので、ほぼ20代の若者ですよね。私はその中の最年少で、大卒の新人でした。下働きのエンジニアとして、あらゆるものを作りましたよ。ニューラルネットワークも作りましたし、おそらくこの国で最初の試作品を作ったのも私の所属したチームかもしれません。そういう感じで人工知能の最初を道を歩いたんですね。
で、あるとき私に「機械と人間の対話」というミッションが降りたんです。今は「メルセデス、シートの温度下げて」とか「OKアレクサ、電気を消して」とかやってるじゃないですか。でも当時はコンピューター大型機の時代で、データを引き出すのはバッチ処理なんです。端末から機械語に近い言語で書いたジョブを流して、中央のコンピューターから恭しく答えが返ってくるのを何分も待つ時代ですから。
 まだ音声認識ができていない時代なので文字で打つんですけど、その対話を実現するというお仕事をいただいて、大型機環境では世界初と言われましたね。1991年4月1日、全国の原子力発電所で稼働した、日本語をしゃべるコンピューター、今のことばで言えば「女性司書AI」は私が作ったんですよ。

福田:素晴らしいですね。でも、30年前近いとはいえ、日本のAIの研究の歴史がそんなに浅かったとは知りませんでした。

黒川:だから今も、遅れが取り戻せないんです。基礎研究の最先端国はイスラエルだったりする特殊な世界。2018年のAIの開発予算は、中国が世界一。日本の約7倍です。ビジネスの問題だけじゃない、軍事インテリジェンスや政治の問題として、日本ももうちょっとしっかりしなきゃと思うんですけど。

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