『寺はプラットフォーム、仏教はコンテンツである』(対談 青江 覚峰 氏 × 福田 淳 氏) | Talked.jp by Sony Digital Entertainment

寺はプラットフォーム、仏教はコンテンツである

青江 覚峰 氏

浄土真宗東本願寺派緑泉寺住職。1977年東京生まれ。
カリフォルニア州立大学にてMBA取得。料理僧として料理、食育に取り組む。日本初・ お寺発のブラインドレストラン「暗闇ごはん」代表。超宗派の僧侶達が集うウェブサイト「彼岸寺」創設メンバー。

福田 淳 氏

実業家。ソニー・デジタル エンタテインメント 社長。
1965年生まれ、日本大学芸術学部卒。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントでアニメチャンネル「アニマックス」など多数のニューメディア立ち上げに関わる。

構成:福田千津子 撮影:越間有紀子

2014年12月15日(月)

寺を継ぎたくなくて、海外へ

福田:青江さんとはお会いして、何年かたちますけど。

青江:ガラケー時代からですよね。

福田:うちのオフィスが築地の聖路加タワーにあるので、ご近所ということで築地本願寺にお訪ねしたのがきっかけでした。 まず青江さんご自身のことをお聞きしたいんですけど、仏教の道に入られたきっかけは?

青江:僕、もともとお寺の生まれです。浅草にある緑泉寺という・・。でも、お寺に限らず、実家が家業をやっている人たちはそうだと思うんですけど、敷かれたレールを歩きたくないというか、単純に継ぐというのがイヤなんもんなんですね、これは理屈じゃなくて。

福田:サラリーマン以外は、そうかもしれませんね。

青江:だから中学高校時代はずっと、お寺を継がないでどう生きるかっていうことばかり考えてました。で、大学生の途中で「そうだ、日本にいなければいいんだ」って気づいたんですね。

福田:逃れる道を思いついた。

青江:国を変えてしまえば生き方も変わる、と単純に。当時、僕、何も物事知らなくて、海外といったらアメリカ、アメリカといったらニューヨークかロサンゼルス、映画の中の世界しか思い浮かばなかったんですね。

福田:それは20歳ぐらい?

青江:それぐらいですね。大学の途中から海外に留学しました。

福田:結局、どちらに?

青江:一番初めはワシントン州。

福田:ご両親は何もおっしゃらなかった?

青江:ただの留学だったので、1年ぐらいで帰ってくる予定だったんですよ。でも、その後、本格的に海外に住もう、と思うようになったんですね。

福田:行ってからそう思っちゃったんですか?

青江:はい。その頃、インラインスケートやっていたんですよ。ハーフパイプを飛んだり、「レールグラインド」っていうんですけど、パイプの手すりの上をダーッと滑ったりとか。

福田:死と隣り合わせというか、ケガが多そうですよね。

青江:ちゃんとプロテクター付けて、頭をガードすれば、捻挫以上はあんまりならないです。とにかくストリートカルチャーがすごく楽しかった。黒人のストリートミュージシャンやラッパーたちが着ているようなダボッとした服着て、ジャミロクワイとか聞きながらずっと滑っているみたいな。

福田:変な話、ブディスト(仏教徒)がストリート系って、ワシントンのお友達はどういう受け止め方していたんですか?

青江:いや、ブディストというか、ただのクレイジーな日本人が来た、という程度でした。それまで僕、真面目に勉強したことも、本気で遊ぶこともなかったので、初めて死ぬほど遊んで死ぬほど勉強してっていう毎日を過ごして、すごい充実していたんです。