Yahoo!で採用された理由は 「バカか天才か、どっちかだ」
福田:ノリちゃんのプロフィールに戻りますけど、なんと丁稚奉公を経てからYahoo!を経て、ブランディング社に入って、LAセレブ、東京ガールズコレクション、キットソン等のプロデュースを行う、と。
佐藤:最初のデザイン事務所から、小さい地味な営業会社とか制作会社を転々としていて、10人以上の会社に務めたことなかったんです。で、途中で、「一生に一度でいいからIDカードをぶら下げるような会社に出社してみたい」と思って、Yahoo!へ。
福田:モチベーションが全部かわいいよね。「社会のこと知ろう」「IDカードをぶら下げよう」っていう。やっぱりちょっと社会のことを知るのが、教団活動のせいで遅れたからかもしれないね。
佐藤:就職するな、大学に行くな、布教活動をしろと言われていたから。つまり「大手企業に勤めるのは、サタンの誘惑だから、それよりも新聞配達をしなさい」という感じなんですよ。
福田:キャピタリズムの中枢に行くなと。
佐藤:そう。だから僕、当時横浜に住んでいてYahoo!に入社したとき、もう結婚して子どもも2人いたんですよ。それでもうちの実家の親から毎週末、「Yahoo!を辞めなさい」って何度も電話がかかってくるんです。「えっ!?」って言うと、「新聞配達をやって、布教活動をしろ。ハルマゲドンが近いのに、そんな大手企業に入ってる場合じゃない」みたいな感じで。でも真面目に言ってるんですよ、彼らは。
福田:うーん、なるほどね。
佐藤:話を戻すと、「大きい会社に入ってみたい」となった時も、どうやって入ったらいいのかは分からない。履歴書も出したけど、返事はこない。だから当時のYahoo!の社長だった創業者の井上雅博さん(故人)に手紙を直で書くんです。 「公式サイトのトップのあいさつでは“Yahoo!はこうなる!”ってミッションを掲げていますけど、それを達成するには、自分のような人材が必要だから、面接してくれ」っていう主旨の手紙を書いて。そのとき、どうすれば秘書に捨てられないかまで考えて、A4の紙にでっかく「井上雅博様」って名前を書いて、「これだけやれば絶対に捨てないだろう!」と思って送りました。あとで聞いたら、井上さんが事業部長を呼んで、「こんな変な手紙がきたんだけど、バカか天才か、たぶんどっちかだ」ってことになってたらしいです(笑) で「こいつをどうするべきか」となったときに西牧哲也さんという、当時Yahoo!BB事業部にいた人が、「そいつ1人ぐらい入れてもいいんじゃないですか?」ってことで面接が決まって。役員面接でペラペラしゃべっていたら、「こいつにはしゃべる仕事をさせろ」ってことになって、社長室に突っ込まれたんですよ。
福田:すごいね。いきなり中枢だよ(笑)
佐藤:ただ入社のときに最終面接で人事が出て来て、「(お前の)使い方が分からない」と。だから「とりあえず入れるけれど、3カ月の試用期間以内に自分で部署を探してくれ」って言われたんです。
福田:でも、それも自由だね。当時のインターネット黎明期の良さがとても出ている話。
佐藤:そうですよね。当時は、Facebook前代表の児玉太郎さんがいらしたりして、活躍されていた方がその後あっちこっちで、日本でIT業界を作っていったんですよ。
福田:すごいよね。みんな下地がグローバル。