logo

アドバタイジングからブランディングへ Talked.jp

デジタル経験に一番欠けているのは、視覚以外の五感

柳瀬:インターネットの世界は、マクルーハンの言ったとおり「メディアは、そのもの自体がメッセージ」だから、コンテンツ以上に、自身のメディアを圧倒的なプラットフォームとして普及させたものの勝ち、ということがおきています。GoogleもAmazonもAppleも、みんなやっていることはそれですよね。日本のインターネットにおいては、Yahoo!が圧倒的な地位を確立しています。パソコンでインターネットを起動するとまずトップページにYahoo!がくる人は多いはず。いまから10数年前、インターネットの黎明期にYahoo!は、無料でYahoo!BBを駅前で配りまくりました。あのとき、Yahoo!の戦略に疑問を呈するところは多かった。Amazonも創業期からずっと赤字が続いていた。儲けをどんどん投資していたからですが、10年くらい前までAmazonのビジネスは立ち行かなくなる、という意見が、けっこうあった。プラットフォームとして圧倒的なシェアを獲得し、まさにメッセージとしてのメディアとなった企業が、いまのインターネットの世界では巨人となっている。
 恐らくこの話の延長線上に、冒頭に福田さんが言及したインターネット広告の問題もあると思います。あらゆる人がスマートフォンを持ってインターネットメディアと常時接続した状態がいまです。つまり、メディアそのもののメッセージ性が極めて強い。そうなると、まさにコンテンツの内容うんぬんよりメディアの画面を取った者がいったんはビジネスで勝っちゃう。インターネット広告は、そもそも「視聴者がわざわざ見つける」プル型で、「たまたま出会う」テレビコマーシャルのようなプッシュ型とは違う、というところからスタートした。でも、現在、インターネット広告の中には、うっかり何かの広告ページを押しちゃったら、どのサイトに飛んでも、延々とその広告がストーカーのようにつきまとったりする、テレビコマーシャル以上の、まるでストーカーのようなプッシュ型広告がたくさんあります。

福田:リタゲ(リターゲティング)されますね。

柳瀬:不思議だなあ、と思うのは、こうしたインターネット広告を「いいなあ」という直接の消費者に出会ったこと、ほとんどいないんですよね。さまざまな広告効果の指標があって、それにそってビジネスは展開されている。が、はたしてインターネットの広告を見て、「好きになってくれるひと」がどれだけ増えているのか?

福田:だから、ビジネス構造とか、仕組みとか、ITの体質とか、そういう話ばっかりになっちゃって。本当に効果があったのか、お客さんどう捉えたのか、一切ないですよね。

柳瀬:インターネットと広告の議論は、ビジネスの話はされるけど、その広告を見る対象である視聴者や消費者の視線がしばしばおいてきぼりになったりしますよね(笑)。そんななか、当のインターネットの世界では、SNSなどを通じて、かつての人間社会がそうであったように無数の「150人の村」ができつつあります。おそらくみなさんもなんらかの「村」に所属しているはずです。お互いの趣味嗜好思想が似通ったもの同士のこうした「150人の村」がいくつもできあがると、送り手が一方的に情報を流すやり方では、「好きになったり」「買いたくなったり」させるのがとても難しくなる。まずは、その150人の村のなかでの価値の共有や評判のほうを、みんなが信じるようになるから。こういうトライブ=部族化の流れは、いろいろなところで起きている。

福田:インスタグラマーとか近親者の言うことに影響されて物買うっていうのは、一つの部族化なんですよね。テレビCMが言うから買うんじゃなくて、やっぱりメルカリで誰か知っている人、つながっている人が売っているから買う。横の買い方になっているということですね。
 そういう新しい購買スタイルに一回共鳴共感しちゃったら、近未来はAIが言ったら信じようってなっちゃいますよね。

柳瀬:ここで考えておく必要があるのは、インターネット上の体験は身体を伴っていないってこと。人間は脳みそだけで記憶したり、感情をもったりしているわけじゃない。必ず、身体がコミです。身体的な、皮膚感覚的な感覚がない、インターネットだけの経験はものすごく頭に残りにくいって僕は思っています。

福田:身体経験じゃないから。

柳瀬:記憶に残らないと。例えば、覚えている音楽って、最初に聴いたとき、「あのとき車に乗って彼女と…」とか。

福田:凄く、わかります。笑

柳瀬:強烈に好きな映画でも、小便臭い名画座で2回連続して見て、3回目見ようと思ったら、隣に怪しげなおじさんが来て太ももを触られたとか。そういうことも含めて、その映画のこと、全部覚えているじゃないですか。そういう身体経験は、いまのところ、インターネットだけだと味わいにくい。
 現時点のインターネットの情報は、もっぱら「目」を通して、大脳皮質に入ってきます。もちろん音声もあるけど、でもやっぱり情報量としては視覚のほうが多い。逆に言えば、デジタル経験に一番欠けているのは、五感のうち視覚以外の残りの機能に訴えること。福田さんがやろうとしているARやVRというのが、それをどこまで補完できるか。五感や、場所の感覚だとか、記憶とか、空気とか、気温だとか、誰といたっていう心の経験だとか、場所に対する郷愁や記憶、sense of placeとか。人々のそういう身体の感覚に触れるかどうか。

TOPへ