福田:だから逆にデジタルメディアが注目されればされるほど「大事なのは身体性、アナログ感覚をどう取り戻すかですよ」って話をするのですね。
柳瀬:昨日うっかり、ある中古車サイトで某外国車のページを押してしまったら、どこへ行ってもその外車が追い掛けてくる。
福田:リターゲティングされちゃうから。
柳瀬:広告が、すごくうるさい押し売りになってしまう。たしかに「認知度」は高まるけれど、好感度はむしろ下がるんじゃないか。その外国車のブランドそのものが悪いわけじゃなく、リターゲティングのシステムが印象を悪くしている。
福田:レイバンを押したらFacebookであちゃーってなったことありますよね。基本的にはレイバン悪くないのに「レイバン何やってるの?」って。
柳瀬:企業が消費者に向けて情報発信するとき、一般的には、2つの手法があります。ひとつはメディアに記事としてとりあげてもらうPR。もうひとつは、企業がお金を払ってメディアに露出する広告宣伝ですね。
自動車メーカーが自社の新しい自動車の告知をするときには、プレスリリースを撒いて、メディアにとりあげてもらう。その結果、自動車雑誌が特集を組んでくれた。これがPRです。その自動車のコマーシャルをつくって、テレビでばんばん流す。これが広告宣伝です。かたや広報部が自社のお金は直接使わず、消費者にアプローチする。かたや宣伝部が自社のお金を使って、消費者にアプローチする。どちらも、主な目的は消費者に対するセールスプロモーションです。
ただし、企業が行うプロモーションは、消費者向けのPRだけではない。同じくらい重要なのが、IR。投資家向けの情報発信です。それから、その企業にかかわるあらゆる人間との関係構築に勤めるHRも欠かせません。人材募集から社員やその家族との情報共有や情報発信は、「企業組織はひとがすべて」ですから、ものすごく重要な仕事です。さらに、社会に向けて企業が責任を果たす社会貢献、いわゆるCSRも大切ですね。
となると、Rは4つある。?って、要はパブリック・リレーションですけど、IR、HR、CSR。ところが、ともすると企業がやらなければいけない情報発信は、もっぱらPRを軸とした、商品宣伝や商品広報だけになりがち。でも企業の永続性を考えたら、IR、HRそしてCSRもちゃんとやらなくっちゃダメ。それをひとまとめに行うコミュニケーションが要するに「ブランディング」です。
福田:それに気が付いているのが、コンサルティング会社なんですよね。
柳瀬:広告や広報の立場だけではなく、経営の立場で見ると、商品の売り上げを上げるだけじゃなく、総合的に企業の価値を上げることが重要になります。そのときの指標のひとつは、IRとつながっている株価だったりする。
福田:時価総額が上がっているか。
柳瀬:広報宣伝の大半を占めてるPR的な側面はワンオブゼムで、投資家に対する説明責任もあるし、社内外の人たちに自分の会社について理解させ、好きになってもらう必要もある。社会に対しても、時には貢献しないといけない。これらをやらないと、逆説的に物も売れないよっていうことだと思うんですよ。
福田:仰っていること全部同意します。毎日考えていることに全て重なります。
セールスプロモーションからブランディングまで一つの広告で福田:一方で、毎日の仕事ってベタだから、クライアントさんの所に行って営業していると、結局、費用対効果の世界に行かされちゃう。つまり、短期的な毎日の中で、あるいは上司にコミットメントされた範囲で、何かしら制約を受けながら経済活動を行おうとすると、大してスケールもない間違ったことに自分は関わっているんじゃないかなって思うことも多いんです。そうすると僕らが?って割り切って行っても、「経営のことを話せる人じゃないと」と言われてしまう。2008年ごろだったかな、ワイデン+ケネディの日本代表(当時)だったジョン・C・ジェイ(現在は「ユニクロ」グローバルクリエーティブ統括)、にある仕事をお願いしたら、いきなり「君はこの件についてお金を払う権限がある立場の人かね」と聞かれました。要は、物事が決められる立場にある人なのかという確認なんですね。それなら話を聞こうじゃないかと。すがすがしいですよね。
きっと「そうですか。じゃそれでいきましょう」ってまとまったのに、「すみません。上司(外資の日本支社とか)からノーと言われて説得出来ませんでした」とか、そういう無駄を省いて仕事そのものを進めたいものですよね。
その結果、ブランディングがうまくいくと、その会社は、クライアントも従業員も経営陣も株主も満足し、企業は成長を続けます。
柳瀬:日本の場合、テレビコマーシャルが高度成長期にものすごく聞きました。市場そのものが拡大している時期ですからね。それで、テレビコマーシャル万能、というイメージが、企業にもメディアにも広告のプロにも染み付いてしまった傾向があります。
福田:その反動がきちゃった。
柳瀬:市場が伸びているから、テレビコマーシャルもばんばん打てるし、売り上げはさらに伸びる。ただ、テレビコマーシャルのおかげで売れたのか、売れているからテレビコマーシャルがたくさん打てたのか。これはにわとりと卵です。もちろん効果はあったのだろうけど、テレビコマーシャルのおかげで売れたという前に、そもそも市場が拡大傾向にあったという事実がある。テレビコマーシャルの出稿量と売り上げに相関関係は明確にあったはずですが、テレビコマーシャルのおかげで売り上げがのびた、という因果関係がどれだけあったのか……。ある程度差し引いて考える必要はある、と思うんです。
福田:面白い。
柳瀬:今、私は、日経ビジネスや日経ビジネスオンラインで、こちらの読者にターゲットを絞ったオリジナルのコンテンツ広告をプロデュースしています。また、このコンテンツ広告をベースに、クライアントのオウンドメディアのプロデュースも同時に行っているケースがいくつもあります。ここ数年は「日本でもオウンドメディアが流行り始めているので当社もぜひやりたい」とおっしゃっていただくことがとても多いんですね。ただ、そのとき、企業のご担当者には必ずこういうふうにいうことにしているんです。
「オウンドメディアっていうのは、最近の言葉ですが、企業自身がメディアを持って情報発信を行い、ブランディングや社会貢献を行う、というのは、日本企業が世界でもダントツに進んでいたんですよ」
福田:そうなんですか?
柳瀬:はい。日本には早い段階から「企業広報誌」文化がありました。あれこそは、オウンドメディアそのものです。たとえば、サントリーさん。1960年代のサントリーの伝説の宣伝部には、芥川賞作家となる開高健さんと、直木賞作家になる山口瞳さんがいらっしゃいました。サントリー宣伝部が編集した『洋酒天国』は、20万部以上を発行し、企業広報誌を超える存在としてつとに有名でした。資生堂さんの企業広報誌『花椿』は、1960年代後半には部数がなんと660万部を超えていました。
福田:660万部! 雑誌じゃなくって大手新聞の部数ですね。
柳瀬:はい。『洋酒天国』や『花椿』には、のちに時代を牽引するクリエイターや作家たちが参加し、企業の商品広告やブランディングを超えた媒体価値を持っていました。あのレベルに比べると、現時点でのウェブのオウンドメディアは、まだまだスタートラインに立った状態、ともいえます。70年代前半に土屋耕一さんが大活躍した伊勢丹や、70年代後半から80年代にかけて、糸井重里さんが手掛けた西武百貨店グループの一連の広告も、広告を超えたコンテンツであり、オウンドメディア的なプロジェクトだったといえます。なにせ今でもみんな覚えていますからね。今のセゾンの広告に『おいしい生活』や『ほしいものが、ほしいわ』をポンと出しても、そのまま通用しそうです。
福田:そうですね。
柳瀬:土曜日が休日になったときに、土屋耕一さんが伊勢丹の広告で『こんにちは土曜日くん。』とやったのは、単に買い物が楽しくなるよっていうメッセージ以上のものを広めました。広告コピーそのものが、社会に対するメッセージを含んでいた。結果として、広告を超えたCSR的な価値、人々の考え方を変える哲学的力を持っていた。それに比べると、『プレミアムフライデー』のしょぼいこと。もう誰も使ってない(笑)開高さんと山口さんが『洋酒天国』を作ったとき、経営者である佐治敬三さんは「自社製品の広告は一切するな。むしろ文化が面白いっていう場所をつくることで、結果としてお酒が楽しいなと思ってもらえるようにしてくれ」と告げたそうです。ちょうど、冒頭で紹介した、マクルーハンが「メディアはメッセージである」と看破したのと同じ頃です。