何かをしようと思ったら、まず自分の身体をそこにもっていくのが早い
福田:そうやってカードをひっくり返して、棟梁になって。でも、また次のステージの建築家への道に行かれたわけなんですけども。また沸々と、「やれる!」って湧いてきた?
坂野:いやその時は、網走でずっと棟梁をやっていくつもりだったんですよ。なんですけど、母親がひとりになって、ちょっと気がかりだったんですね。で、ある時に、僕の師匠の棟梁は普段、ほとんど話さない人だったんですけど、「東京に戻って仕事したら?」って言われて。「君はここで棟梁としてやっていけるけれど、でもたぶん、ほかにやることがあるんじゃないの?」みたいな感じのことを初めて言われて。こんなこと言う人なんだって驚きましたね。
福田:坂野さんを弟子としてずっと見ていたってことですね。素晴らしい棟梁ですね。
坂野:僕も「そういうことなのかな」と思って、東京にきて。14~15年ぐらい前ですか。
その時は建築業界もどん底で。本当に仕事がなくて、どんどんどんどん倒産していく時代で、そんな中で建設業をやろうと始めたんですけど。皆「そんなの絶対無理!」みたいな感じだったんですよね。それまでは職人のその日暮らしで、お金ももちろんなかったですし、人脈もないし。
それでぽつんと身を置いて、吉祥寺で始めたんです。その吉祥寺っていうのも、東京の地図も見て、「ここら辺、たぶん真ん中だな」みたいな。「真ん中だったら、どっちにも振れるだろう」と。都心にも行けるし、田舎にも行けるし。
福田:やっぱり坂野さんは直感、五感の人ですね。仮説に対して、パーンと直感が働くっていうか。
坂野:最初の頃は、自分でチラシを500枚くらい刷って、街中配ったりして。一番最初にやった仕事は、近所のおばあちゃんの家のかぎの交換5000円。でもそれも、ピンポンとかやって知らない人と話すと、いろんな声を聞けるじゃないですか。高校辞めて、ニューヨーク・網走ですから、世の中のことも東京のことも全然知らないわけですよ。
銀行に行ったときも、お金の借り方とか担保なんて話も全然知らないから、窓口に行って「すみません、お金借りたいんですけど、どうしたらいいですか?」みたいな。そうすると皆きょとんとしてるわけですよ。
福田:変なのが来たみたいな(笑)
坂野:そうそう(笑) でも、何かしようと思ったら、自分の体を持っていって、そこで単純でシンプルな直球を投げた方が人生は早い。
福田:いいな。いい言葉いただきました。でも、本当にそうですよね。それをやらない人、意外と多いですよね。それをやらないのに、いろんな講座とかセミナーに行って、「どうすれば夢は叶いますか」って聞いてくるんですけども、それは「現場に行ってやってみよう」っていう話ですよね。
坂野:そうですよね。ただ僕の場合、「効率的にいこう」っていう発想がそもそもないんですよ。例えばキャリアアップでもそうだし、スキルアップでもそうだし、自分の夢を叶えるためにはどうしたらいいかっていう発想の中では、理想に辿り着くためにショートカットを考える人が大半じゃないですか。でも僕は「今」が全部だから、ショートカットも何もしようがない。「今どうやって生きているか、以上」みたいな。
福田:単純に言うと生活力なんでしょうけども。出版でいうと、「どうやったら金持ちになるか」とか、「どうやってダイエットできるか」とか、ハウツー本が多いですよね。でも、読んで何もアクションを起こさない人が多いわけですよね。痩せたかったら、まず走ればいいんですよね。
僕の後輩ですごく優秀なヤツがいるんですけど、「福田さん、今度夜遊び教えてください」って言うんです。「教える? 夜遊びを?」って思いましたけど、「あのね」と。「まず会社が終わったら電車に乗って、港区まで来て」と。「で、ネオン街をウロウロ歩いて、気に入ったなと思ったスナックがあったら入ってみて。で、しばらく飲んで勇気が沸いたら、隣の人に話しかけてみて。で、気が乗ったらカラオケなんか行ってみたらいいよ」って。頭のいいヤツだから、これが少しギャグであるということに気付いてほしかったんですけど、「なるほどですね」って(笑) だから、「夜遊びって教わるものだ」っていう概念が間違いなんですよね。ただ、自分の体をその場に置きに行けばいい。ただそれだけ。
坂野:そうですよね。子どもたちに音楽のことを話す機会とかもあるんですけど、僕の中では、「これが正解」みたいなことには、全く興味がないわけです。正解に興味がないし、物事を解き明かすことに対するモチベーションがほぼゼロ。そもそも「音楽ってこういうもの」って理解して説明できることと、いい音を奏でることって、全く無関係だから。
福田:村上隆さんの『芸術闘争論』という本が面白いんです。村上さんに「絵はどうやって楽しんだらいいんでしょう?」って聞かれるらしい。普通アーティストは「感じればいいんだよ」って却下しますよね。でも、村上さんは、それは嫌だと言うんです。だから「まず構図です」と。「作品の圧です、歴史的位置づけです」と。「これが来た時に、絵は面白いんです」と。さっきの夜遊びの話と同じで、まったくその通りなんですけど、いざ言葉にして話すと陳腐なわけですよね。
だから坂野さんの今日の話は、すごくインテリジェンス溢れる…と言ったらおこがましいんですけど、生きることの本質的な意味を、解説して下さいましたよね。そういう感覚で朝起きて、「出来る」って思いが湧いたら、実際やればいいんだっていう、その感じをつかめれば、生活、暮らしはすごく面白くなる。