「気がつけば読んでいた」 という環境を作りたい
幅:ちなみに今、僕は大阪市と一緒に中之島で「こども本の森」という文化施設を作るプロジェクトに関わっているんです。
福田:それは素晴しいですね!
幅:安藤忠雄さんが東洋陶磁美術館の横に、自発的に作っていた子どものための本の森です。彼も、幼少期に子どもが本を手に取り、自由に想像力をふくらますことができる場所を大事にしたいということで。建てた安藤さんは、それを大阪市に寄贈するという施設です。その管理運営をうちのBACH(バッハ)と、TRCという図書館流通センターと長谷工とでJVを作って、来年の3月にオープンすることになっています。僕はクリエイティブ・ディレクションのような立ち位置で関わらせていただいています。
福田:幅さんは編集やブックディレクション以外に、そこから発展して場所のプロデュースの仕事をいろいろされているのを見聞きしています。そういうご関心は、どういう発展系で位置づけられているんでしょう。
幅:場所のプロデュースでいうと、公共図書館がやっぱり多いですね。昔は放っておいても本は売れたし、読んでもらえていたんですよ。例えば僕が青山ブックセンターの本店で働いていた90年代とか。ヒットするであろうタイトルの本が出てくると、平台にポーンと置いておけば、どんどんどんどん売れるみたいな感じだったんですけど…。
福田:またあそこは、絶妙な文脈がありましたよね。
幅:ええ。でも今、公共図書館のような空間に興味があるのは、どういう本を選ぶかも重要なんですけど、選んだ本の差し出し方がすごく重要になってくるところですね。どういう本を選んでも、差し出し方が魅力的でなければやっぱり届かないわけで。そこで選んだ本をどう並べるのか、どういう計画の下に差し出すのか、サインはどうするのか、棚板の素材はどうするとか、ライティングはどうするとか、もっと言うなら床材を考えたりとか。
福田:そこまで!
幅:ある公共図書館のプロジェクトでも、床材を考えました。新しくやってきた新刊図書って、やっぱりいろんな人に一番見て欲しいので、床材も硬めとかにするんですけど…。
福田:すごい繊細な仕事ですね。
幅:例えばNDC(*日本十進分類法。日本の図書館で広く使われている図書分類法)で言うと、100番台の哲学とか心理学に関する本って、没入するのに時間がかかるじゃないですか。だから書架の前をカーペットにしたんですけど、なるべく毛足を長くしたい…っていうことをやったり。あと公共図書館は今、ユーザーの年齢がどんどん上がっているので、芸術書の前とか(…芸術書は大きいものが多いので)、「エイッ」って本を引き出したあとに、ちょっと置ける棚があるかないかで、実は手に取る気がずいぶん変わるんですよ。
福田:ユーザーの導線もずいぶん変わったんですか? 床材などをいろいろ変えることによって。
幅:そうですね。一応、実証実験と称して。例えば郷土資料なんかは、どこの公共図書館もすごく推しているんですよね。読んでもらいたい、自分たちの個性を出す所なので。だから郷土資料の前に椅子を置くのは当然なんですけど、やっぱり椅子の座面の高さですよね。チェアタイプの450とか430ミリよりも、もっと落として380とか、それこそいっそのこと喫茶店の350ミリくらいまで落とすかとか、それもマテリアルを柔らかくするのか、硬くするかによってずいぶん変わってくるんですよ。昔はそんなこと考えなくても勝手に本を読んでくれたのが、今はそこまで考えないと、丁寧な差し出し方を考えないと、本が届かなくなっているから。
福田:ああ…そうか…。
幅:ただ一方で僕は、「気がつけば読んでいた」という状態を作りたいんですよね。「読め読め」って強制されて読むのではなくて、「なんかこの椅子、気持ちいいなぁ…ふかふかして気持ちいいから、ちょっとカントでも読むか」みたいな(笑)
福田:わかりますね。
幅:こちらはすごく計算して考えてやるんですけど、その作為すら気づかないような居心地の良さみたいなところを、本当にどうするのか。書架の前に立ったときの光の当て方も、やっぱり後ろからだと影が前に出て見にくくなるので、どうやって横からの光で、自分と本の…本の背が綺麗に見えるかとか。…だから、空間の仕事が増えているというよりは、そこまで考えないと本が届かないという。
福田:今は多メディア化しているので、本が埋没しないようにそういう工夫をされているということですね。
幅:残念ながら、そうです。