『仏教はニーズ(苦)とウォンツ(欲)の違いを教えるもの』(対談 青江 覚峰 氏 × 福田 淳 氏) | Talked.jp

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対談  青江 覚峰 氏 × 福田 淳 氏

西洋は「切る」、東洋は「共存する」

福田:ここ数年、すごくジムに行って体鍛えてるんですよ。 そしたら、段々お医者さんよりもジムのトレーナーのこと信頼するようになりました。“体幹”整えてくれるんですね。そのために、スクワットやって太もも強くするんです。次に背筋鍛えて、それで初めて腰が耐えられるようになって、ようやく腹筋鍛えはじめられるんです。私の場合は、そこまでで1年くらいかかりました。で、腹筋鍛えていくにつれ、もっと腸が強くなるんですよ。腸が強いと食事がより美味しいんですよ。だから胃腸が強い人って長生きしますよね。 一方でお医者さんってブクブク太ってて不摂生みたいな顔しながらいろんなアドバイスするんですけど、それこそ説得力ないんですよ。ジムの先生はきっちりした生活していて、ちゃんと食のコントロールもしているから言うこと説得力あるんですね。「ジムの先生の言うことは聞くのに、お医者さんだと聞かないのはおかしいよ」って言われるけど、「そっちのおかしいのがおかしいよね」って言い返す。というのも、最近両者の僕の体に対するアドバイスが違うんですよ。

青江:なるほど。

福田:「成人病の気配があるから痩せなさい」ってお医者さんは言う。ところがジムのトレーナーの先生は、「いや、脂肪を筋肉に変えて、もっと体重を増やしましょう」と、どっちかというと理屈は後者のほうが合ってる気がするんで。そうすると、赤身の肉をたくさん食べることになるんですけど、バランスはいろいろあるかもしれませんけど。それは医者的には西洋医学的にはその部分だけ取り出していくとよくないと、これは面白いと思って。

青江:その話でいうと、西洋医学って基本的に「切る発想」なんですよね。ガンがあったら取り除く、具合が悪い所は取り除く、「排除の発想」なんですよね。それに対して、東洋医学というか東洋の発想というのは、ガンがあってもいかに共存していくかなんですよね。だから別に、ガン=悪とはとらえないんですよ。ガンは自分にとってはよくないかもしれない。でも、「清濁併せ呑む」って言葉もあって、100パーセント健康な状態なんて誰もないわけなんですよ。

福田:どっかに何かありますよね。

青江:どっかに。だって、みんなが視力2.0なわけじゃないですか。

福田:そうですね。

青江:コンタクト入れてる人もいれば、メガネの人もいれば、裸眼で大丈夫な人もいる。目だけ見てもそれだけ違いがあるのに、内臓は全部健康でないといけないっていう、その発想もおかしいんですね。

福田:だから、そういう意味じゃ、アウフヘーベンっていうかバランスの問題で、さっきのBelievingとRespectingのバランスをその人がどうとらえるかが大事なのかもしれませんね。思い込んだら命がけも大事ですし、いろんな人の寛容さ、思いやりも大事だと思うんですよね。僕、ずっと前に出る性格だったんですよ、今でもそうなんですけどね。もう小学生の頃からリーダーになりたがったし、実際、リーダーだったんですよ。でもリーダーってなんかの中の1人なんで、残りフォロアーがいないと、1人でいてもリーダーじゃないんですよ。それに気付くのに40年ぐらいかかりました。40年かかってやっと、そうかと。リーダーとフォロアーのバランスだとか、相手に対するリスペクトだとか、あと寛容さ。
でも初期のリーダーってそんなことないんですよ。自分だけがやっぱりリードしてるから、常に自分だけヘトヘトだっていうプレゼンテーションなんですけど、それじゃあ、あまりにもリーダーとして弱い。フォロアーの人もフォロアーの人のプロは、そんなリーダーになりたくないんですよ。職人肌で助けるっていうことが、みんな役割発揮度っていうか役割の自覚なのかと思いますが、Respecting とBelievingってバランスなのかって気もしました、きょうは。