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戦後のエリート教育「特別科学組」

デザイン経営時代のブランディング いま、必要な「エリート論」~マクロン大統領とナポレオンの戦略

芳野:スパルタ教育といえば、私は大学1年と2年生のとき、イタリア語の勉強をしていたんです。週に1回だけ、フランス語と一緒に始めたんですけれども、すごいクラスで。最初は80人ぐらいで始めたのに、1学期が終わったら10人ぐらいになって。1年が終わったとき、私1人になっていた。1人になっちゃったのに、2年に上がったら、ヴァザーリの『ルネサンス画人伝』っていう、17世紀の作家がルネサンス前の画家について書いた本を授業で読むと言われたんです。今でもお付き合いがあるんですが、平川祐弘先生(比較文学者、東京大学名誉教授)という方が教えていらして、「エリート教育はとても大切だ」っていう方でした。

福田:80人が1人になるっていうのが、すごいですけど…。

芳野:何となく、乗りかかった舟みたいなことで。毎年1人くらいしか残らない、みたいなことは言われていたんですけども。その先生の教育方針がなにかというと、まず「語学は絶対に集中力だ」と。たらたらやっていてもしょうがない。7回ぐらいで文法は全部終わるんですけど、丸暗記で説明なんかないんです。音読して、丸暗記する。試験も教科書全部丸暗記を前提としていて、文法が終わったら、『クオーレ』*を読む。『クオーレ』はイタリアのいろんな地方が分かるからということで。

*1861年に作家エドモンド・デ・アミーチスによって書かれた小説。子供向けに愛国心を説くための本として広く読まれた。『母をたずねて三千里』の原作でも知られる。

福田:そうかもしれない。

芳野:暗記と集中、若いときにやったほうがいいんです。

福田:絶対、そうですね。僕、今中国語の勉強をしていますけど、すごい大変ですもん。

芳野:私も今なら絶対できないです。やっぱり、ティーンエージャーじゃないと。すごくハードなペースでする勉強って、ちょっとスポーツみたいな爽快感があります。それでその平川先生は、そういうハードなペースの勉強を「みんながやる必要はない」っていう考えなんです。じつは平川先生は、特別科学組*の出身で。戦中、日本の成績優秀な子たちが集められて、理系の超エリート教育を受けて、英語教育もちゃんと受けていたそうです。そこでもやっぱり、ついていけない人たちはどんどん脱落して、普通の学校に行く。でもそれは、「非常に楽しい経験だった」っていうんです。

*第二次世界大戦末期、日本を支える優秀な科学者や技術者の育成を目的として設けられた英才学級のこと。全国から選抜された児童・生徒が高度なエリート教育を受け、結果的に敗戦後の高度経済成長を牽引する人材として、理工系をはじめ各界で活躍した。 卒業生に、映画監督の故・伊丹十三もいる。

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