ナポレオンの「セルフブランディング」
芳野:ナポレオンの話が出たところで…。ティアラ(半冠)って、ナポレオンの前はいつにさかのぼると思います?
福田:うーん、想像もつかないですね。
芳野:答えは、ローマなんです。
福田:そんな前ですか。
芳野:古代ローマには、月桂樹の葉やオリーブなどをモチーフにした冠があって、ナポレオンはそれもまねしました。自分がどれだけフェイクかを分かっているから、ルイ14世のまねなんてしないわけです。余計にフェイク感がただようから。ローマまでぐんとさかのぼってしまえば、なんだかよくわからなくなって、フェイク感も薄れるじゃないですか。
福田:ナポレオン、むちゃくちゃ頭いい人ですね!
芳野:「この人、シーザーの子孫とか、そういうこともあるかな?」みたいな。戴冠式も国民は見ることができないから、等身大のものすごい大きな肖像画を描かせたんです。画家に衣装とか小道具、ティアラとかも貸し出して、その場にいなかった人まで描き加えさせたりして。それは、自分はフェイクだという自覚があるからなんですよね。ほかにも、肖像画を見ると、いろいろ、髪とか服とか、なびいているんです。ナポレオンって、じつは小柄な人だったので、いろいろなびかせないと…。
福田:大きく見えない。
芳野:はい、間が持たない。だから、乗っている馬とかも、躍動感があるように描かれていて
。福田:コンプレックスって大事なのかもしれないですね。トランプなんか、コンプレックスがなさそうで魅力に欠けますね。分かりやすいって、やっぱり良くないんですね。
芳野:歴史に残りたいっていう欲求自体は、悪いものじゃない気がします。反対にマリー・アントワネットなんかは、正真正銘のお姫さまでコンプレックスないから、ナポレオンと違って、豪華で荘厳なベルサイユのスタイルに反発して、カジュアルファッションを流行らせたりしました。コットン素材のドレスみたいな。
福田:また違う意味でのヌーヴォーを出しちゃうんですね。
芳野:当時からしたら下着のようにしか見えなかったコットンドレスに麦わら帽子とかで、それはドレスダウンということでほんとうにおしゃれだったんですけれども、王妃らしくないと貴族からも民衆からもすごくバッシングされました。娼婦がマリー・アントワネットのふりをして枢機卿にたいへん高価なダイヤの首飾りを買わせた「首飾り事件」*という詐欺事件があります。なぜ娼婦がマリー・アントワネットのまねができたか。マリー・アントワネットがカジュアルなドレスを好んで着ていたことを、みんな知っていたからです。あれがルイ14世みたいに全身ダイヤモンドまみれとかの豪華さだったら、まねできなかった。ルイ14世は4歳で即位して、貴族と民衆が大きな反乱を起こして、いろいろとたいへんな目にあっています。だからベルサイユ宮殿を造って、自分の権威を示すことを徹底して考えたんです。ベルサイユ宮殿は、王の権威を演出するための劇場でした。マリー・アントワネットは、フランスよりずっと自由なオーストリアの宮廷で伸び伸び育ったお姫さまだったから、しかも本来期待されない末っ子で、姉の一人が亡くなったため繰り上がり当選のようなかたちでフランスに嫁ぐことになって、だからちょっと準備と自覚が足りなくて、せっかくベルサイユ宮殿があるのにプチ・トリアノン(マリー・アントワネットが幼少期を過ごしたべルサイユ宮殿の庭園にある離宮)に行ってしまった。
*1785年、革命前夜のフランスで起きた詐欺事件。