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未来の「死に方」計画を考える

医療未来学の第一人者と語る「死ねない時代」にフィットする国家像とは?(前編)   Talked.jp

福田:エーザイが開発した認知症新薬「レカネマブ」が今年1月下旬からアメリカで発売されましたよね。アメリカでは一人あたり年間2万6500ドル(現在のレートで年間360万円)とも言われている薬です。「医療はどんどん発達する。自分が本格的にボケてしまうときには、いい薬があるな」と言いながら、ハッとしたんです。でも、「その投与を決めるのは誰なんだ?」ということでした。

奥:ああ、なるほど。

福田:そうなると、子どもに託すしかないですよね。娘に、「お父さんさ、10のうち3くらいボケてきたら、この薬投与してくれる?」って聞いたら、娘が「無理! 自分はボケてない!って絶対言いそうだから」と言い返されました。だから、永遠に投与されないんですよ(笑)

奥:(笑) 面白い。そこは考えたこともなかったです。

福田:だから僕は弁護士に、「この状態の数値になったとき、誰がなんと言おうと口座からお金をおろして、認知症の薬を投与するといま決めます。仮にそのときの自分がNOと言っていても」という強制力を自分につけない限り、あの薬って売れないですよね。

奥:やはり遺言というか、そういうときにどうするか。そのときの対処をみんなしっかりと書かないまま、ボケちゃうんですよね。

福田:あり得ます。

奥:なので、とりあえず60~65歳くらいの誕生日にはもう義務で書かせるようにして、そこから更新するかしないかは本人の自由にする、とか。あるいは5年に1回くらい見直さなきゃ駄目、とか。そうすると福田さんの場合も、「これ、7年前に書いているよね」と言えますよね。そのとき本人は「ぼけてない!」と言ったとしても、7年前の公式な書類が優先!と言えますし。

福田:「自分の意思がはっきりしている段階で決めたものが有効である」という仕組みを作らない限り、認知症薬も自分に投与できない、決定権がないということになりますよね。

奥:そうですね。自分の医療ケアの計画に関するACP(アドバンス・ケア・プランニング…個人が、自身の意思決定能力が低下する場合に備え、先の医療や介護を家族・医療者等と一緒に決めておくプロセス)については、いま厚生労働省が一生懸命進めていますけども。でもいまはこれだけIT技術が発達しているので、毎年の誕生日とか、もっとマメに毎月一回とか、「この内容を更新しますか? しませんか?」「更新するなら、AIが5分でお手伝いします」みたいなサービスもあっていいと思うんですよね。運転免許証だって更新させるじゃないですか。

福田:そうですね、うん(笑) 奥先生の国家では、そうしましょう。

奥:あと死後の考え方でいえば、死後というのはもう本人の問題ではなく、周りの問題なのでそこに本人の意向はなくてもいいのでは、ということなんです。葬式や散骨のスタイルくらいまでは本人の意向を汲めばいいですけど、その先の墓問題などは、もう遺された人に任せていいと思うし。

福田:僕の父は、その点ですごく良かったですね。遺言にひと言「線香臭いことするな」と書いてあったので。そうすると何が起きるかというと、亡くなったあとの病院の手配に、宗教関係の人を呼ばなくてよかったんです。

奥:なるほど。私はそういうことも含めて、人の死後は完全に、遺された方の自由だと思うんですよ。亡くなった人との関係性で、これをしてあげたいとか何を約束するなどはあっていいんですけど、それはあくまで約束した側の、生きている側の問題であって。亡くなった人は、別に契約不履行で訴えたりしてこないわけなので(笑)

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