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深センのIT長者は30代がピーク

グローバル時代のデジタル・ブランディング思考法 ~WASEDA NEOトークセッション~ Talked.jp

福田:数ヶ月前に深センに行ったんですけど、ITはじめ、成功している実業家の方々はみんな30代前半ですよ。年上の人を敬う文化もあるから心地よかったんですけど、聞くとみんな、深センの漁民の家庭の息子たちなんですよね。というのは、深センって、香港の隣にある漁村だったんです。で、お父さん、お母さんが文化大革命のときに育ったから、教師をやっていた人も「農民になれ」という政策で。で、深センは建国40年ですから、初めてリッチな人が出た世代が、32~34歳だったというわけですね。そういう背景があるせいか、みんなリッチなのに恰好は質素なんですよ。

陳暁:深センの人はとくにそうかもしれないですね。深センは特殊な所で、30歳前後の人たちは自分のことを「年寄り」って言うんですよ。30代は日本だとまだ若手ですけど、深センに行くともう高齢者なんですね。平均年齢が32歳なので。全員が個人事業主。だいたい高卒か専門学校を出て20歳くらいから働き、25歳で自社事業成功させ、10年で一役終える感じですね。35歳くらいまでに家が2つ買えて、車が2~3台買えていなければ、それ以上はもう稼げないという。深センとはそういう街です。

福田:う~ん!!

陳暁:深センはメーカー産業だから。仕事で会った26歳の社長が「体力勝負だから、若くないと走れない、スピード勝負なんだ」って言ってて…(笑) それが一番しっくりきましたね。みんな走ってるんですよ、本当に。

福田:なるほど、よくわかります。そのとき、たくさんのベンチャーが入ってるビジネスビルに連れて行かれて、「ここは不夜城だぞ」って言うんですね。

陳暁:そうです! 本当に24時間働いています。深センはもうよーいドンでスタートした問屋大国なので…。そこから政府の後押しもあり電子メーカーの問屋街からメーカーベンチャーの生まれる街になった。同時スタートだから、だいたい20歳くらいから頑張った人が今30歳なんですね。この10年の話なので。でも、今の深センは電子メーカーの問屋は終焉を迎えつつあって、だんだん化粧品にシフトしてたりします。結局、街の若者たちは電子品にこだわってるわけではなく、商売人なんですよ。儲かればいい。なのでその時盛り上がってるカテゴリにシフトする。

福田:ああ~そうかもしれないですね。昔の日本の工場がみんな、ベンチャーのロボテックスとか、そういった生産になっていますね。

陳暁:最近はそれこそ、自分で小規模ベンチャーをやるよりも、大手国営企業に就職してサラリーマンになる、みたいなのも人気です。刺激だけを求める時代も終わったのかなと。

福田:面白いですね~。

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